再びオリンパスペンEEを使う

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小さな偉大なカメラ

写真を普及させた立役者

オリンパス・ペンEE-3オリンパス・ペンEE
これは最初に買ったEEではなく、15年後に買い換えた2台目のEE-3

子どものころに使っていたカメラは、オリンパス・ペンEEという小さなカメラだった。仕事柄、写真やカメラに詳しかった父が家族用にと選んで買ってきたカメラである。
このペンEEは自分専用ではなかったが、蒸気機関車の撮影に凝っていた中学の一時期には半ば独占的に使っていた。このサイトの『追憶の煙 福知山線1967-1968』や大阪市電の記事に使った写真もペンEEで撮っている。

カメラは戦後の日本を代表する工業製品のひとつで、最盛期には大小たくさんのメーカーがあった。
オリンパス光学工業は、昭和初期から顕微鏡やカメラのレンズを製造していた光学機器の老舗のひとつで、昭和30年代の中頃には「オリンパス・ペン」という商品名で何種類かの小型カメラを発売していた。
ペンシリーズのカメラは、いずれも35ミリフィルムの1コマ(フルサイズ)を半分ずつ2カットに分割して使うハーフサイズで、同社では「ペンサイズ」とも呼んでいた。これがオリンパス・ペンの最大の特徴だった。
ペンEEは、ペンシリーズのなかでも普及品の比較的廉価なカメラで、小さくて扱いやすいことから同社のベストセラーになった商品である。

オリンパス・ペンEEは、1961(昭和36)年に発売された初期型のEEから、1986年まで生産された最終型のEE-3まで、2度マイナーチェンジを重ねているが、基本デザインを変えずに25年間に渡って生産されたロングセラー機である。フィルムカメラからデジタルカメラに変わった現在では、製品のサイクルも短くなっている。四半世紀というロングセラーの記録は、今後とも塗り替えられることはないだろう。

ペンEEがロングセラーのヒット商品となった最大の理由は、安くて使いやすかったからであろう。明るさや被写体との距離に一定の制約条件はあったが、誰が使ってもそれなりにちゃんとした写真が撮ることができた。写真の初心者が失敗しがちな点には、コンパクトなボディの中に防御策がちゃんと仕組まれていた。
シャッターボタンを押した瞬間を切り取ってフィルムに記録するというカメラの機能は必要にして十分に備わっており、自分で写真を撮る楽しさを世に広めた立役者といってよい。

初めて写真を撮ったカメラ

オリンパス・ペンEEのカタログ
オリンパス・ペンのカタログ 【1965年版】

初期型のEEを購入したのは1965(昭和40)年で、家には購入時のメモが記されたペンシリーズのカタログが残っていた。当時、ペンEEの定価は9,200円で、合成皮革のケースは別売りで800円と記されている。
本体とケースとでちょうど1万円という価格設定である。当時の価格を現在の価値に換算すると、消費者物価指数は約4倍なので4万円前後ということになる。

初期型のEEは家族で15年ほど使ったのち、1980年ごろに2台目として最終型のEE-3に買い換えている。EEのメカニズムが壊れたわけではなかったが、取り外し式だった裏蓋が変形して蓋が甘くなり、隙間からときどき光線漏れが生じるようになったためだと記憶している。

買い換えたEE-3は専ら父が10年ほど使っていたようだが、1990年ごろに目を患って写真を撮らなくなり、その後ずっと休眠状態だった。このページの冒頭の画像は実家から発掘されたそのEE-3である。

下の写真は最初のEEを1977年に山に持っていたときのもので、M君と戸隠連峰の裏にある滝だらけの裾花川本谷を登ったときの写真だ。当時、ふつうは一眼レフを使っていたが、このときは荷物を最小限度にしたかったので、小さくて軽く、片手でも操作できるペンEEを持って行った。

1枚目のカットは滝を登っている途中で、片手で持って縦位置で撮ったペンEEならではのカットである。2枚目は滝と滝の間で、M君が滝つぼを泳いで岩場に取りつこうとしたが激しい流れに押し返されたシーンだ。水没の可能性がある場所なので、もし一眼レフならカメラを取り出せず、写真を撮れなかった場面である。

オリンパス・ペンEEで撮った最後のころの写真【1977年 撮影】
長野県 裾花川本谷ゴルジュ帯 核心部にて

子どものころにときどき使っていたペンEEは、ずっと後に使うことになる一眼レフなどに比べれば、おもちゃのようなカメラである。
しかし、写真機としての基本性能は値段が10倍以上するような高級機にも決してひけをとらない。すばやく写せること、シャッターチャンスに強いことでは、ほかの多くのカメラよりも抜きんでて優れている。
フィルムを半コマずつ2分割して使うのでカット数は2倍写すことができる。カラーフィルムが出始めたころはフィルムや現像代も高かったので、コスト面でのメリットも大きかった。

オリンパスペンEEは、それまで専門知識と技術が必要だった写真を万人に開放した。誰でも簡単に写真を撮ることができるカメラであることを開発目標に、オリンパス光学工業の技術者だった米谷美久氏の独創的なアイデアが随所に盛りこまれている。

ハーフサイズではあるが、良いレンズを使っているので写りも悪くない。操作も簡単で、価格も手ごろだったので、多くの家庭がこのカメラを買い求めたといわれている。
実際、小学生の高学年のときから使ってきたが、「絞り」や「シャッタースピード」のことはほとんど考えなくてもよい。ファインダーを覗いて写真の構図を決め、写したいタイミングを見計らってシャッターボタンを押すだけでちゃんと撮れた。
ただし、暗すぎたり明るすぎて写せないときはシャッターが動作しない仕組みになっている。そのときはファインダーの中に「赤いベロ」がでて「あっかんべー」をするので、撮影を諦めればいい。
無理に写して失敗作をつくり、さらにフィルムを無駄にするよりも、物理的に写せなくする。「せっかく撮ったのにちゃんと写ってなかった」と後から落胆することもない。撮れないときは諦める、竹を割ったように単純明快なカメラである。

発掘したペンEE-3で撮ってみた!

数年前に家で発掘したペンEE-3は、手元のガラクタ箱に入れたまま放置しておいたのだが、古いフィルムをスキャンしているうちに、思いのほか写りがいいのに気づき、もう一度使ってみたくなった。

オリンパス・ペンEE-3と最近のデジカメ

普段つかっている広角レンズをつけたデジカメと並べてみるとこんな感じになる。オリンパス・ペンのほうが少し小さく、重さはデジカメの3分の2ほど。大きさと重さのバランスがよく、しかも軽いのでデジカメに比べてすごく扱いやすい。

試写に先立って本体をチェックしてみた。
購入して30年以上になるが、レンズにカビはなく、絞りの羽根もちゃんと動いた。セレン光電子を使った内蔵露出計も生きていた。さすがにモルトはボロボロの粉体になっていたのですべて貼り替えた。古いEEに比べてEE-3は、フィルムは感度400まで対応しており、室内でも光の条件がよければシャッターが押せる。

近所のカメラ量販店にいってフィルムを買い求めて装填する。135のネガカラーを買ったのは久しぶりで、24枚撮りがなくなって27枚撮りが主流になっているのは知らなかった。撮影可能なカット数は27×2で54だが、フィルム装填をうまくやれば60カット近く撮ることができる。

以下、正月休みに試し撮りしたペンEE-3での写真で、まずは爺さんの散歩から。

続いて、自転車にのって30㎞ほどサイクリングに行き、途中で何カットかスナップを撮る。

撮り終えたフィルムの現像は、近くのキタムラに持ち込めば最短15分待ちで仕上げてくれる。昔のプロラボのリバーサル現像並か、それよりも速い。

縦位置でのスナップは、さすがに撮りやすい。

なお、現像代を含めたコストは、1カットあたり25円ぐらい。この単価を頭の隅に入れておくと、無駄なショットやフィルムの無駄遣いを防げる。秒間○コマのデジカメのように適当に連射してあとから1枚を選ぶという横着な撮り方ではなく、被写体をよく見てチャンスを逃さない丁寧な撮り方になる。

試しに数枚プリントしてみたが、ハガキサイズぐらいでのプリントならまったく問題はなかった。条件は、2700dpiのフィルムスキャナーでスキャンし、2400×1800pxにリサイズ、さらに300dpiで1818×1228pxにトリミングしてjpegで保存、ファイルをカメラのキタムラに送信してフロンティアでプリントアウトして出来上がり。

ただしこのカメラ、3.5mの固定焦点なので被写体に接近した撮影は苦手である。クローズアップレンズをつけてのテストも何カットか撮ってみたが、高性能なデジカメには到底対抗できなかった。

じつは、元旦からクルマのエンジンがかからなくなり、正月はどこにも行けなかったが、オリンパス・ペンEE-3があったので退屈せずに楽しく過ごせた。

オリンパス・ペンEEは、いいカメラだと思う。


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