福知山線のこと(2)生瀬駅 採石場の見える山峡の駅

当時、福知山線では蒸気機関車からディーゼル機関車への転換がほぼ完了しつつあった。
大阪駅に乗り入れる蒸気機関車が牽引する旅客列車は、臨時列車を除くと、福知山から大阪にやってくる1往復だけに減っていた。

蒸気機関車が牽くこの列車の運行は少し変則的だった。理由はよく知らないが、福知山と大阪の間を2泊3日の仕業で往復していた。
上り列車は、第1日目の夜に福知山を出発し、その日は篠山口まで走って篠山口で一泊。2日目の朝に篠山口を出発し、大阪駅には午前9時過ぎに到着した。下りは、夕方に大阪を出てその日は篠山口まで走り篠山口でもう一泊、福知山には3日目の朝に戻るという仕業だった。機関車はC57で、乗務した機関士や機関助手も福知山機関区が担当していた。

上下各1本のうち大阪近郊で写真を撮ることができるのは、朝7時に篠山口を出発する上り列車だけ。下り列車は夜、暗くなってから大阪駅を発車するので、使っていたカメラ(オリンパスペンEE)では暗過ぎてシャッターを切ることができなかった。

上り1726列車を撮るために日曜日になるとよく出かけたのは、宝塚のひとつ先にある生瀬駅。上り方向にも下り方向にも採石場の崩れた山が見えるローカル色の濃い山あいの駅だった。

冬、早朝のディーゼルカーに乗って着いた生瀬は寒かった。お目当ての上り列車までは1時間ほど待たねければならない。冷え切った待合室にいると駅員さんがストーブのある駅員室にいれてくれ、暖かいお茶をいただいた。辺鄙な駅にやってきて蒸気機関車を撮る子どもが珍しかったのかして、駅のみなさんはとても親切だった。待ち時間のあいだにダイヤのことや閉塞方式のこと、線路を横断するときの指差確認の仕方なども教わった。

電話のベルが鳴り上り列車の到着時刻が近づくと、助役さんと一緒にホームのはずれで列車を待った。この駅で下り特急まつかぜと列車交換をするので、特急通過時に事故が起きないようにという配慮であろう。
停車している機関車を正面から撮り、まつかぜの通過を撮り、発車の様子を撮った。列車が行ってしまうと駅員室でまたお茶をよばれ、1時間あとの次の上り列車に乗って、ひと仕事終えた蒸気機関車のいる宮原操車場に向かう。いつもこのパターンだった。

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