宮原にて(2)

宮原で休むC57

客車を宮原に回送したあとは、ターンテーブル西側のいつもの場所で休む。

【1968年3月 撮影】

機関助手席の窓から

蒸気機関車の前方の視界はご覧のとおりで、あまりよくない。
前方に伸びた長いひさしは、冬のトンネル内に垂れ下がったツララから乗務員を守るために設けられたもので、福知山機関区の所属車輌によく見られた特徴のひとつ。

【1968年3月 撮影】

薄命の新鋭機関車DD54

宮原には無煙化の切り札として開発され福知山機関区に配備された新鋭機DD54もよく姿を見せていた。
量産試作車の1号機は1966年の製造で、3号機までの試作車はヘッドランプが窓上にあるスタイリッシュなデザインだ。設計・製造から半世紀が経過した現在でも通用する外観だと思う。

しかしながら、トルクコンバータなどの機関にトラブルや事故が相次ぎ、製造されたすべての車輌が1978年まで廃車となった。

【1968年3月 撮影】

僚機とともに

新鋭機DD54の調子がよくない時には、牽引機関車がもとの蒸気機関車に戻ることもあった。そんな日には宮原で肩を並べて休む2輌のC57を見かけた。C57128【福】、C5795【豊】
左側の128号機の炭水車側面には石炭を積む上半と貯水槽の境目が見て取れる。

【1967年12月ごろ 撮影】

次は】福知山線のこと(4) 最後の日 – takaginotamago


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