永楽荘から見えた山

 豊中市北部の丘陵地

豊中市北部の永楽荘から待兼山町にかけての丘陵地

永楽荘(えいらくそう)地区は、豊中市北部にある高台に立地する住宅地である。
その少し古風な町名が示すように昭和10年前後に開発された。昭和初期に開発された豊中駅近くの住宅地には、寿楽荘(じゅらくそう)という住宅地があったので、もしかしたら節度と風雅をわきまえた同じ業者の手になる住宅開発だったのかもしれない。
その後、戦争を挟んでしばらくの間は住宅開発はなかったが、昭和30年代になると、日当たりの良い南向きの丘陵地に良質な郊外住宅が少しずつ建てられていった。今は初期に建てられた住宅が解体され、その跡地は分割されて数軒の家が建っている所も多い。世代交代が進んで、閑静だった永楽荘の雰囲気も変わりつつある。

永楽荘の周辺には、標高60~80m前後の丘陵地が南西方向に続いており、宮山町、待兼山町、刀根山元町といった町名がついている。この付近は町名の示すとおりゆるやかな丘が連なった丘陵地であり、吹田や茨木から箕面・豊中にかけて続く千里丘陵の西部を占めている。
また、永楽荘から南西方向に伸びた丘陵は、石橋の近くにある標高77.0mの待兼山付近から南に向って台地状に張り出し、千里川沿いの段丘へと続いている。
豊中市北部、千里川の右岸に分布するこうした一連の丘陵をここでは刀根山丘陵と呼ぶことにする。

刀根山丘陵のうち、永楽荘から待兼山にかけての脊梁を形成する東西方向の尾根筋は行政界を兼ねており、南側は豊中市、北側は箕面市に属している。

地形的な特徴として、丘陵の北側と南側とで斜面の傾斜が異なっていることがあげられる。箕面市に属する丘陵の北面は、断層崖を思わせる急な傾斜地を形成して箕面川の谷底低地へ続いている。国土地理院の都市圏活断層図によると、有馬-高槻断層帯の安威断層から西へ延びる断層の存在が示されている。

いっぽう、刀根山丘陵の南面に位置する豊中市側では、比較的ゆるやかな傾斜地で、40~50mの標高差がある千里川沿いの段丘や谷底低地へ漸次高度を下げている。但し、永楽荘から宮山町にかけての一部には、箕面市側と同じような急傾斜の地形も数箇所見受けられる。

永楽荘から見えた山

先日、豊中の北東部にある実家に帰省した際、所用があって池田の呉服橋にでかけた。
北摂の東西方向の公共交通は不便である。中央環状線に沿ったモノレールもあるが、乗り換えが必要であり、天気も良かったので自転車ででかけた。クルマの多い幹線道路を自転車で走って面白くないので、自転車で北摂を走るときは、北摂の各地を結ぶ旧街道を辿ったり、各街道間をショートカットするいわゆる裏道や里道を走ることが多い。よく使うのは、例えば山田街道、箕面街道、西国街道、能勢街道などで、子どものころから自転車で走り回り、慣れ親しんだ勝手知ったる道である。

池田で用事をすませて帰宅する途中、旧西国街道から旧箕面街道に入った箕面市牧落のあたりで、旧街道から分れて豊中市永楽荘に越える急な坂を見つけた。箕面街道はこの先にある小さな峠で刀根山丘陵を越す。峠への箕面側の道は、急登を避けてすこし西へ向いながら断層崖を斜めに登っており、通称「権田山」と呼ばれた峠から永楽荘へと下っている。
いっぽう、街道から直角に分岐する先ほどの急坂は、昭和30年代の宅地開発の際につけられた新しい道であろう。刀根山丘陵北面の断層崖を直登しており、標高差は25mほどある。時間があったので、面白半分で登ってみた。

道路の勾配が20%もあるコンクリート舗装の急坂を登り切ると、市境を成す丘陵の尾根筋にでた。そこから豊中市側のバスの通る箕面街道に降りる途中、北東に向ってくだっていく坂道の前方をふとみると、遠くに見覚えのあるシルエットの山が見えた。
ずっと以前に大阪市内で仕事をしていたころ、本町通りにある国際ビルの高層階から見えた京都の比叡山を彷彿とさせるシルエットだ。

方位と山容からみて、もしかしたら比叡山かもしれないと思い、持っていたデジカメで数カット撮影して永楽荘の坂道を箕面街道へとくだった。

永楽荘から見えた山永楽荘から見えた山【2018年 撮影】

実際の目でみた感じは、上に掲げた画像に近い。この山に隣接している山や、周辺の山々が見えれば、どこの山か特定しやすくなるが、地図も持っていなかったし、道路の両側に建ち並ぶ家並みに阻まれて視野が限られるので現地での判定はちょっと無理だった。

山の同定作業

自宅に帰ってからデジカメで撮った写真の山の部分を拡大してみたのが次の画像である。

永楽荘から見えた山(部分拡大)遠方に見えた2つの山を部分拡大した画像

右側の山は、方位や山の形から京大の地震観測所のある高槻の阿武山でほぼ間違いない。問題は左側の遠くに見える山である。

数日後、少し時間ができたので、地形図(地理院地図)やカシミール3D、山と自然の旅が提供している地図データを使って、どの山が見えたのか調べてみることにした。
以下に掲げた5点の図版は、カシミール3Dと山と自然の旅の地図データを使って作成したものである。

永楽荘から見える山々永楽荘から見える山々
【カシミールと山と自然の旅の地図データを使用】

まずはカシミールの3D表示機能(カシバード)を使って、永楽荘の坂道からどのあたりの山が見えていたのか「あたり」をつけてみた。

遮蔽物が何もなければこのような景色が見えるはずである。実際には、道の両側に家が建て込んでいるので遠望できる視野は狭くなる。図の右側、方位角58°付近の阿武山付近がチラッと見えるだけである。
阿武山の2°左側にある山がくだんの山である。この山が比叡山のように山名のついた著名な山ならは、山名が自動的に表示される設定にしてある。
ここに表示されないので、比叡山の可能性は消えた。

次に、地形図や地勢図を読んで方位と標高から見えそうな山をピックアップしていく。選んだ山は、カシミールの見通し判定機能を使って見通せるかどうかをひとつずつ確認していく。

地勢図から見通しできる山を選定地勢図から見通しできる山を選定
断面図と見通し線による確認断面図を用いた見通しの判定

この断面図は、視点場の永楽荘から候補に選定したピークへ線を引いて、見えるかどうかをカシミールが判定した結果を示している。中間に見通しを妨げる別の山などの遮蔽物があると「見えない」と判定され、その遮蔽物が示される。見通しを妨げるものがなければ、この図のように「見える」と結果が示される。

見通しの可否を確認した結果、左側の遠景の山は比叡山ではなく、大阪府島本町と京都府長岡京市の境界付近にある478.3mのピークであることがわかった。
地形図上には山名が記載されていないので、この時点では山名が不詳である。ピークの標高値から暫定的に “P.478.3” と呼ぶことにする。

3D地形図による見通しの再現3D地形図による見通しの再現

カシミールに暫定的な山名である“P.478.3”を入力し、3D画像で永楽荘からの眺望を再現してみる。
阿武山の左側に見えた“P.478.3”は、高槻市の北部にあるポンポン山や釈迦岳より約2km南に位置しており、行政区分上は大阪府島本町に属している。

地形図をみると、山頂には電波塔が設置されていることが示されている。ただし、永楽荘から20kmほど離れているので、肉眼やデジカメ画像では山頂の電波塔は確認できなかった。

ついでに、標高85mの永楽荘の坂のてっぺんから最初に推定した比叡山を見るためには、あとどれくらいの高度が必要か、カシミールを使ってシミュレーションしてみた。

比叡山を見通せる高度の確認永楽荘の380m上空からの比叡山の眺望

シミュレーションの結果、視点場として海抜465mの高さが必要であり、永楽荘の標高85mに加えて対地高度があと380m必要であることが判明した。
今風に言えば、永楽荘の坂のてっぺんからドローンを飛ばして、真上に380m上昇させるとドローンの飛行高度は海抜465mとなる。この高さなら上図のように比叡山への眺望が効くということである。

見えた山は向谷山

最後に、これまで “P.478.3” と呼んでいた山の名前を調べてみた。
このピークには、三等三角点が設置されている。三角測量で地形図をつくっていた時代だと、この山のように他の場所からの見通しが良いことが三角点設置の基本条件だった。

国土地理院が設置した三角点には「点名」という名称が与えられる。
ただし、この点名は必ずしも「山名」と一致しないので、注意が必要である。
この山に設置された三角点の点名は「大沢」となっている。おそらく、北麓にある大沢集落の名が点名に使われているのであろう。
山名は「大沢山」の可能性もあるが、三角点の点名だけでは判断できない。

そこで別の判断材料がないか調べてみると、決めてとなるものが2点見つかった。
ひとつは山頂に設置されている電波塔である。山頂の電波塔は、国土交通省が設置したもので、建屋のうえに高さ約30~40m(推定)の塔を建て、4層のデッキに10基前後のマイクロアンテナが設置されている。
施設の名称は「国土交通省向谷山無線中継所」である。

もうひとつの決め手は、これもやはり電波塔である。
国交省の電波塔から西に約100m離れた小ピークに阪急電鉄が建てた鉄塔と反射板が設置されている。名称は「阪急電鉄 向谷山反射板」となっている。
ちなみに、空中写真などをみると、この施設は阪急電車と同じマルーンカラーに塗られているようである。

以上のことから、永楽荘から見えたこの山の名は、「向谷山(むこうだに やま)」であることが判明した。
また、この山は別名、大沢山とも呼ばれているとのことである。

永楽荘から見たときの「あれは比叡山かも?」という直感ははずれたが、方向としてはおおむね一致しており、比叡山と向谷山との方位角の差分は約6°である。
歳をとって視力や記憶力は落ちてしまったが、頭に内蔵されている天然磁石の精度はまだそこそこ正確のようなので、まぁこれでよしとしょう。

いずれにしても、永楽荘から見えた山の正体がわかってスッキリした。

なお、向谷山の標高は測量成果に基づきその都度改訂されている。古い地形図では478.3mと表記されているが、最近の地理院地図では478.2mに改訂されている。また、国土地理院の基準点データに記載された三角点の標高は478.15mである。


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