城下図に描かれた昔のまち・ひと・かわ 犀川(4)

■ 描かれた川と実際の川

 金沢城下図屏風は、作者秀川によって、少しぐらい脚色されているかもしれないが、同時代に制作された地図など他の史料と相通じる点も多く、現存する数多くの絵図のなかでも写実性に富んだものである。

ただし、川を題材としたすべての絵巻物や絵画が、金沢城下図のような写実性をもったものばかりとは限らない。それは、絵師たちが自分たちの見た光景をデフォルメしたり、得意とするタッチで描いているからである。歌に詠まれた川や文芸作品に登場する川も、作者の意図が込められた芸術作品である以上、川の本当の姿を必ずしも正確に表現していないかもしれない。

この点に関して民俗学者の柳田國男は、『豆の葉と太陽』に収められている「川」と題された小論のなかで、次のような興味深い意見を述べている。

川はたゆみなく姿を変え、移りゆく生きた風景であるとしたうえで、「川の実態とは異なった一種のつくられた川のイメージが、世の中に流布されていた可能性がある」という指摘である。つまり、絵師の眼や特定の作風というフィルターを通した、固定的な川の見方というものが世間に広まったということである。

そこに描かれた川の姿は、多くの人々を魅了するほど美しいものに違いなかったが、あまりに融通がきき過ぎており、それを手本としてどこの川もみな同じ姿になった。そして、実際とはかけ離れたイメージとしての川が、私たちを含めて、後世の人々の脳裏にきざまれてしまったと述べられている。

金沢城下図屏風に描かれた犀川は、柳田のいうイメージとして「つくられた川」には該当しないであろうが、柳田の見解には確かにうなづける点もある。よい実例が見つかれば、別の機会にでも紹介してみたい。


賀茂川(京都市)

■ 川の風景を自分の眼で読み解く

 また、一般的に絵画よりは写実性が高いとされる写真についても、同じことがいえる。露出やレンズ、フィルターなどを工夫することによって、現実の風景を脚色して創造的な作品をうみだせるからである。いずれにせよ、絵画や写真で見る川と実際の川の姿とが異なっていることもおおいにあり得る。

ある川のほとりで暮らす人々の眼に映る川の風景には、どのような意味が込められているのか。それを理解するには、実際にその地で暮らしてみるのが一番ではあるが、それはなかなか叶わぬことである。通りすがりの者には見えにくいかもしれないが、歳月の経過とともに変貌をとげてきた川の風景のなかにある、時代を越えて受け継がれてきたものについて考えることは必要であろう。

さらに、素顔の川と脚色された川との異同を見抜く眼を鍛えていくことも大切である。そのためには、時間軸を念頭におきながら、まず現在の川の風景を自分の眼で確かめることから始めなければならないと思っている。


■ Special Thanks

 ここで使用した「金沢城下図屏風」の写真画像は、石川県立歴史博物館撮影の写真を許可を得て転載したものであり、解説文には同館発行の下記の文献を参照しました。掲載を快く許可してくださいました石川県立歴史博物館にお礼申し上げます。

■ 参考文献
  • 石川県立歴史博物館:特別展図録『三都と金沢』、1989
  • 『太陽コレクション  城下町古地図散歩1 金沢・北陸の城下町』、平凡社、1995

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