しろうおが還る川 松本川(1)

■松本川と城下町萩

 阿武川(あぶがわ)は、山口県の北東部、島根県との境をなす物見山付近に源を発し、徳佐盆地を西南に流れたのち、流れを西北に転じて長門峡(ちょうもんきょう)の渓谷をくだり、萩市で日本海に注いでいる。全長約82㎞、流域面積655平方キロで、山口県を流れる川のなかでは、錦帯橋で有名な錦川に次ぐ第二の長河である。

萩のまちを囲むように流れる松本川(手前)と橋本川(左奥)
萩城は中央にみえる海に突きだした指月山の麓に置かれた

城下まち萩は、阿武川が河口近くでふた筋の流れにわかれた三角州のうえにある。東側を流れる松本川と西側の橋本川に挟まれた三角州は、東西、南北ともに3キロほどの大きさで、平均海抜高度はたった2mしかない。

1600年、関ケ原の戦いに敗れた毛利輝元は、領国全部の没収とお家断絶こそまぬがれたものの、防長二国に封じこめられた。そして徳川幕府の指示により、この僻遠の地、萩に新しい居城と城下まちを築くことになった。
城は慶長9年(1604年)、三角州の西北端にある標高143mの指月山の山麓に築かれた。輝元が入城したとき、のちに城下の町割が仕切られる三角州は、沼や葦原などの低湿地があちこちに点在する荒れた土地だった。

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