荒ぶる川と闘った牛 遠山川(3)

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■断層谷を流れる暴れ川

諏訪湖を水源として、ほぼ南に流れて太平洋に注ぐ天竜川は延長213kmの大河である。上流から中流にかけては伊那盆地を流れ、長野・静岡の県境付近では天竜峡として知られる風光明媚な渓谷をなしたのち、佐久間ダムを経て浜松市の東方で遠州灘に注いでいる。洪水のときに竜がのたうつ様相から「暴れ天竜」とも呼ばれる。
支流の数は大小300本以上も数えられる。なかでも伊那盆地から天竜峡付近にかけての区間で東側から流れ込む三峰(みぶ)川、小渋(こしぶ)川、遠山(とおやま)川の3本の支流は、「暴れ天竜」の性格を語るうえで、避けてとおることのできない川である。

赤石山脈(南アルプス)からの水を集めるこれらの支流は、伊那山地と赤石山脈との間に、天竜川と平行に刻まれた一筋の長い谷を南北に流れている。もちろん、三峰川と小渋川、小渋川と遠山川の間にはそれぞれ分水嶺の鞍部があるが、高遠から大鹿を経て南信濃、さらに水窪(みさくぼ)へと続くこのまっすぐな谷筋は、わが国第一級の活断層である中央構造線の地殻変動によってつくられた長大な断層谷で、『赤石構造谷』とも呼ばれている。この断層谷周辺には活断層や圧砕岩と呼ばれる不安定な地質が分布しており、3つの支流の流域ではこれまでに大規模な崩壊や土砂災害が何回も発生している。

梅雨前線による集中豪雨にみまわれた昭和36年(1961年)の三六災害では、大鹿村で小渋川の横にそびえる大西山が大崩壊し、川沿いの集落をのみこんで42人の犠牲者がでた。また、享保3年(1718年)に発生した南信濃村を震源とする直下型地震の際には、山崩れや落石によって周辺の村を含めて50人余りが死亡したほか、崩れた土砂によって遠山川がせき止められ大きな湖ができた。この堰き止め湖は、のちに決壊して大きな被害をだしたという記録も残されている。

■源流の大崩落地

遠山川の源流、小嵐川の源頭部にある青崩峠北面の大崩落地

かつて、この中央構造線上の断層谷に沿って、中世の頃から利用された一本の古道がつうじていた。信濃と遠江を最短距離で結ぶこの街道は、江戸時代に秋葉街道と呼ばれ、日用品の交易路や火伏せの神として信仰を集めた秋葉山に詣でる人々などによって利用されていた。南信濃村と水窪町の境をなす遠山川支流の小嵐川源頭の鞍部には、標高1,082mの青崩(あおくずれ)峠が位置している。
交通手段が徒歩から自動車へとかわり、秋葉街道は今では使われなくなったが、古い街道と同じルートを踏襲して長野県南部と浜松方面を結ぶ国道の整備がかなり以前から計画されている。しかし、路線予定地の青崩峠付近では、その名前のとおりにボロボロになった圧砕岩が今でも崩落を繰り返しており、建設工事の目処がたたないまま何十年も経過している。

遠山川の支流のひとつである八重河内川から小嵐川へとさかのぼって、青崩峠に登ってみた。

大きな崩落地がぱっくりと山腹を削いでいる。数十年にわたって治山工事が続けられて一部の区域では木が育っているものの、斜面の崩壊そのものを抑えることはできない。
さらに大崩落地の上にあるピークまで登ると、峠周辺だけでなく遠山川に沿った遠くの山々の山腹にも十数ケ所におよぶ大小の崩落箇所が確認でき、あちこちに白っぽい山肌がみえる。遠山川の谷筋では、大雨のたびにおびただしい量の岩石や土砂が川に流れ込んでいくのである。

■乱伐がもたらした川の荒廃

川が運んできた石で埋め尽くされた遠山川の河床

遠山川本流の源は、森林限界を越えた南アルプスの高嶺にある。亜高山帯から流れ下る途中で北俣沢や上村川、八重河内川などいくつもの支流の流れを集めて天竜川に注いでいる。南信濃村の中心にある和田から天竜川との合流点にかけての区間では、上流から運ばれてきた大小の石に埋め尽くされた河原のなかを大きく蛇行しながら流れている。

遠山川を囲む山々では、これまで数回にわたって大規模な伐採が繰り返されてきた。近世には、江戸のまちづくりにつかわれる槫木(くれき)として大量の椹や桧が切りだされた。また、大正から昭和にかけては、パルプ材を求める製紙会社によって共有林や私有林のほとんどが買収され、裸山になるまで乱伐されたため山々は荒廃した。さらに戦後は、戦災復興の木材需要に応えるために源流にある北又沢周辺の奥山にも鋸が入れられた。

もともと不安定な地質に加えて、行き過ぎた伐採が重ねられた結果、昭和30年代から40年代にかけて木や土砂が流れ込んで川が荒れ、河床が上昇して現在のような石ころだらけの姿になったのである。

川が流域の山の状態を反映するのはいうまでもない。今でも遠山谷では「伐採して6年目までに大雨が降ると洪水になる」と言い伝えられている。

【次は】荒ぶる川と闘った牛 遠山川(4)


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