荒ぶる川と闘った牛 遠山川(4)

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■遠山川の牛

牛は洪水時の流れに対峙する向きに置かれる

川と格闘した牛は棟木の先が折れている

牛は、横に2頭並んで遠山川が大きくカーブする石河原のなかにいた。県道の通過している川沿いの崖が削られるのを防ぐために設置された中聖牛である。流されてきた岩がぶつかったのか棟木の先端が折れており、つくられてからかなりの年数が経っているようである。遠山川の河川管理を担当している長野県飯田建設事務所南部支所のお骨折りで、実際に聖牛をつくった方にお会いして話を伺うことができた。

聖牛は川の上流ではなく、斜め向かいの山に頭を向けて建てられている。これは洪水時の流れが上流から下流に向けて一直線に流れるのではなく、聖牛の正面にみえる山脚にぶつかり、そこではね返された流れが聖牛の置かれた岸に押し寄せてくるためである。このように普段の流れとは異なった挙動を示す洪水の流れを読み、水の勢いを真正面から受けるような形で牛を川に入れてやる。そのときの入れ方はとても難しく、強い水流を恐れて半身になるような格好に置くと、たちまち倒され流されてしまうそうである。

流れに対してうまい具合に置くと、牛の前後に小石や砂が堆積し、それが抵抗となって2~3時間のうちに流れの向きが変わる。濁流に含まれる砂礫が多い遠山川では、牛を設置した翌日に石の小山ができて牛が埋まってしまうことすらあるという。

また、洪水の真っ只中、川岸や堤防が削られだして一刻を争う場合には、奥の手ともいえる荒技が用いられる。牛の前面に竹でできた簾やバタ板、家から持ち出した畳などをわら縄でくくりつけるのである。流れに対する牛の抵抗力を大きくすれば、土砂は牛のなかを素通りしなくなる。牛の前に砂礫がはやく堆積するように促して、川岸や堤防を削ろうとする流れの向きを変えたそうである。

■川から学んだ牛使いの要諦

川との闘いを重ね大破した大聖牛

こうした牛の設置には熟練の技と川を見る眼が必要とされ、遠山谷では山師と呼ばれる人々が担ってきた。山師とは、杣・木挽・山落とし・木馬引きなどの山仕事に従事した職能集団のことである。山師は木の目利きや扱いに長けていただけでなく、山と川との関係をよく知っていた。川に牛を建てるときや谷筋に丸太を組んで土場(集材所)をつくるとき、山師の親方には「上流を見て来い!」といわれたそうである。

牛の入れ方などは、本には書かれていないだけでなく、場所ごとに違っているので、自分で経験を重ねながら川に教わったと話してくださった。

別の場所には、だいぶ壊れかけた大聖牛が流れのそばに残されていた。つくられたのは昭和50年代の後半だというから、すでに20年近い歳月が経過している。  昔、遠山川の聖牛には、棟木にカラマツ材、そのほかの部位には水に強いクリ材が使われた。ともに遠山谷の山々にたくさん育っていた木であった。クリ材は水に浸かっても朽ちにくく丈夫なことから重宝された。しかし、一時期、鉄道敷設に使われる枕木を供給するために大量に伐採されて、その時以来、資源が枯渇してしまったそうである。

現在、遠山川の流域には、見よう見真似で丸太を組んで聖牛をつくれる人はいても、川の流れを見極めながら牛を川に入れられる山師はもうほとんどいないという。また、聖牛に適したクリの木も残っていない。山師の世界も、遠山に育つ木々も様変わりしてしまったためである。

けれども、崩落しつづける源流の山々と石ころに被われた川の姿は、まだしばらく変わることはないだろう。近年では、牛のかわりをコンクリートでできた水制が担っているが、遠山川の風景のなかに牛がいたこと、そしてその牛が身を挺して荒ぶる川と闘わねばならなかったことのもつ意味を忘れてはならないと思う。

役割を果たし終えた牛はやがて自然に還っていく

■ Special Thanks

 長野県土木部飯田建設事務所南部支所の岡嶌正伸氏、南信濃村在住の米山英人氏、池端清二氏の三氏には、遠山川の現地をご案内いただき、遠山川と聖牛に関する貴重なご経験談を伺うことができました。ここに記して厚くお礼申し上げます。
また、冒頭に掲げた「利根川に遊ぶてんとう虫と牛」の写真は、富士重工業株式会社発行の『スバルの40年 1958-1998』に収録された「利根川に遊ぶ360」の写真を許諾を得て使用しました。転載を快く許可してくださいました富士重工業株式会社ならびにフェロールーム株式会社柳原正光氏にお礼申し上げます。

■ 参考文献

 ・眞田 秀吉:『日本水制工論』岩波書店、1932
・信濃毎日新聞社編集局編:『信州の活断層を歩く』信濃毎日新聞社、1998

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