はじめに
このページは、登山で使われている【吊下げ式テント】の代表的な製品である『ダンロップテント』について、自分の使用経験や直接見聞した範囲で、製品の概要と発売から2000年ごろまでの歴史をまとめたものです。
ダンロップテントは、信頼のできる良いテントです。但し、ここには購入を検討されている方にとってすぐに役に立つような情報、例えば、現行製品の紹介や使用感、ほかのテントとの比較した長所や短所についての記述はありません。販売店とも一切関係ありませんし、販売サイトに誘導して収益を得るアフェリエイトでもありません。
以上をご理解のうえで本文をご覧ください。
なお、製品の開発に関わる事項や発売年などについては、ダンロップテントを紹介した雑誌や他のサイトに記載されている内容と異なる点があります。このページを作成し、公開した目的のひとつは、その違いを明らかにしておくためです。
ダンロップテントの概要
『ダンロップテント』の名で呼ばれる登山用のテントがある。
半円形に曲げた2本の金属製フレームにフックでテント本体を吊下げる構造で、雪山などで視認しやすいようにテント本体はオレンジ色、フライシートはブルーの生地が使われていた。

テントの大きさは、1人用から8人用の大きなものまで、いくつかの種類がある。山で見かけるのは、収容人数が2人から4人の少人数用のタイプが多い。
出入り口は前後2箇所にあり、片方はL字型の2本のジッパーで開閉する無雪期用のもの。もう片方は吹き流しをひもで絞る冬用のものである。冬用の入口同士をドッキングして、隔壁付のテントとして使用することもできた。
このテントは発売されてから半世紀以上が経つロングセラー商品である。
ただし、約50年の間にメーカーや販社は何度か変っている。最初期には、別の商品名で販売されていた時期もあった。
『ダンロップテント』の名で親しまれているのは、(株)住友ゴム工業系列の(株)日本ダンロップおよび同社のスポーツ用品部門である(株)ダンロップレジャースポーツや(株)ダンロップスポーツから販売されていた期間が最も長かったからである。
21世紀に入ってまもなくしたころ、(株)住友ゴム工業および(株)ダンロップスポーツは経営方針の転換を行った。主力製品をゴルフやテニスに絞るとともに、登山などのアウトドア・スポーツ分野からは撤退した。このため現在は、ダンロップ関連企業によるテントの製造・販売は行なわれていない。
いっぽう、優れたこのダンロップテントを消滅させないために、ダンロップスポーツに在籍していた人々によって2005年に設立された(株)エイチシーエス(以下、HCSと表記)が、製品名と製造を継承している。
ダンロップテントは、現在もHCS社の主力商品のひとつ『ダンロップテントVSシリーズ』として製造・販売されている。
特徴と基本形状
ダンロップテントの最大の特徴は、フレームの弾力性とテント生地の張力を利用した吊り下げ式の構造形式である。それまで類をみなかったこの構造形式から「吊下げ式テント」とも呼ばれた。
このテントの最も優れた点は、数分で簡単に設営・撤収ができることである。

フレームには、直径約10㎜の超超ジュラルミン製のパイプが使われている。50㎝ほどの短いパイプを8本つなぐと、約4mほどの釣り竿のような長い棒が2本できる。短いパイプ同士は内蔵されたゴムで連結できるように工夫されており、手品のように素速く連結できる。その2本の棒を半円形に湾曲させながら、天頂部でX型に交差させて骨格となるフレームをつくる。
テントとグラウンドシートは予め縫い合わせられていて、四隅にはフレームの差し込み部が設けられている。湾曲させたフレームの両端4箇所をテントの四隅にセットすればフレームは自立する。
テント本体の梁に相当する部位に短いパイプを1本セットし、テントの天井に沿って設けられている十数箇所のフックでフレームに吊り下げれば、テントの設営はおおむね完了する。フライシートや冬用の外張りは、必要に応じてフレームの上からテントを覆うように被せて使用する。
張り綱なしでもテントは自立でき、風などの外力に対しては変形することによって、ある程度の強風や積雪にも対応できた。
吊下げ式テントの開発と発売
この吊下げ式テントが発売されるまでのテントといえば、夏用は屋根型や家型のテント、冬用はウインパーやカマボコ型が主流だった。収容人数も6人前後が普通で、重くて設営には時間がかかった。
小人数用のコンパクトなテントとして、1970年ごろに西ドイツのサレワから2~3人用のカマボコ型アタックテントが発売された。7~8人を収容できる冬用のカマボコ型テントをミニチュア化し大きさの軽量テントだった。サレワ製品を真似たコピー製品が国内のテントメーカーや登山用品店のオリジナルとして販売された。

3人用、トモミツ縫工製、南アルプスにて
サレワ製は高価な舶来品で手が出なかったが、半額以下で販売されていた国産のものをひとつ購入した。
居住性はよかったが、グラスファイバーのポールをつなぎ合わせる必要があり、組立には手間と時間を要した。
1971年、この画期的な吊り下げテントが発売された。
発売時期までは覚えていないが、「岳人」71年8月号に新発売の広告が掲載されているので、おそらく夏か秋だと思う。

(資料:岳人290 1971/08)
販売元は大阪の梅田近くにあった『シャレー』という登山用品店で、製造は神戸の『トモミツ縫工』だった。
シャレーは、自分が登山を始めたころに一番お世話になった店である。京都のムラカミ製品の販売窓口もしていたので、登山靴のオーダーに訪ねたのが最初で、ザックや冬山用の装備、山スキーなど個人装備のほとんどはこの店で購入した。
シャレーの店主は同志社大の山岳部OBの寺阪さんという方で、登山や山の道具によく精通されていた。氏は、1960年の同志社大アピ遠征隊のメンバーで、第2次登頂隊員のひとりでもある。
シャレーで販売されていた登山用品には、寺阪さんの経験や発想から生まれたオリジナル製品が多く、テントやザック、ヤッケなどナイロン製品の製造は神戸のトモミツ縫工が担当していた。
トモミツ縫工の友光さん(2012年没)は、テントやザック、登山用衣料品など縫製品製造の名工である。関西の山岳会や山岳部、ヒマラヤ遠征隊などに愛用され、登山者からの信頼も厚かった。山岳部でオーダーした冬用テントやザックを受取りに東灘の工場を何度か訪ねたことがある。工業用ミシンが並んだ工房の壁には、トモミツ製品を使用した登山隊から贈られた山々の写真が飾られていた。
トモミツ製品には、ワカンをデザインした小さな紺色のラベルが縫い付けられていた。そのラベルは、高い縫製技術と品質を保証する信頼の証でもあった。

1971年にシャレーでもらった登山用品のカタログに、この吊下げ式テントの紹介ページがある。同時期にもらった説明書のパンフレットも手元に残っている。

店で実物を触らせてもらいながら寺阪さんから伺ったところ、トモミツ縫工の友光さんと相談しながら試作を重ね、製品化にこぎつけたということであった。住友金属工業が開発した超超ジュラルミンの中空ポールが実用化の決め手となったという。
テントは使用時期に応じて夏用・3季用・冬用の3タイプがあり、入口の形状や生地が異なっている。サイズは2人用と3人用の2種類だった。
生地は、夏用がビニロン、3季用と冬用はナイロンを使用していた。吸水率の小さなテトロンを希望する場合は、変更も可能ということだった。
とても魅力的な製品だったが、直前にトモミツで製作されたサレワモデルのカマボコ型アタックテントを購入したばかりだったので、個人ではすぐには手が出せなかった。
ダンロップテントをめぐる情報の錯綜
発売後、半世紀が経過した現在でも、ダンロップテントのことは、登山用品を紹介した雑誌やアフェリエイトを目的としたブログなどでしばしば取りあげられている。
ただし、それらにはダンロップテントの発売時期や考案者に関して、少し間違った記述が認められる。
事実関係をきちんと確認しないライター、ネット情報に多いコピペの繰り返しによって、正確ではない情報がまん延してしまったのではないだろうか。
細かい点ではあるが、自分の知っている範囲で具体的な事項を以下に記しておく。
友光さんと寺阪さんによって考案され、1971年に商品化された世界初の吊下げ式テントは、『吊下げ式テント』あるいは『アクションテント』の商品名でシャレーから販売されていた。しかし、それは長くは続くかなかったようである。
1972年になると住友ゴム工業が製造元となり、『カラコルムテント』の名前でフェザー産業から販売された。パンタロンのおねーさんがテントを軽々と持ち上げている大胆なカラー広告が登山雑誌に掲載された。しかし、これも1年で終わっている。

資料:岳人303号 1972/09
翌年の1973年には、『ダンロップテント』の商品名にかわり、日本ダンロップから販売された。発売されてまもない頃と思われる1973年7月の「岳人」には、カラーの広告が掲載されている。

資料:岳人313号 1973/07
花柄のプリント模様でカラフルなキャンプ用テントが大きなスペースを占めている。キャンプ用テントの大きさは3~4人用と5~6人用の2種類で、カラーは3種類がラインアップされていた。
いっぽう、登山用は2人用の1タイプのみであった。のちにDT-7202と呼ばれるモデルである。登山用テントのカラーは、ブルーとオレンジの2色づかいだが、本体がブルー、フライがオレンジである。おなじみのダンロップテントとは色づかいが逆になっている。
その後、オレンジ色の本体にブルーのフライがセットされたダンロップテントは、次第にその秀逸さと長所が知られるようなった。1970年代の後半には、山でよく見かけるヒット商品となった。
吊下げ式テントの製品名や販売元をめぐって、初期の数年間に少しばかりの紆余曲折があった。パテントを譲渡したという話を聞いたような記憶もあるが、詳しい経緯はよく知らない。
海外遠征での使用実績と評価
ダンロップテントは、ヒマラヤやカラコルムの高峰をめざす遠征隊にも多く採用されている。最初に採用したのは、1973年のAACKのヤルンカン( Yalung Kang 8,505m)登山隊である。
1973年はこのテントが発売されてまだ間もないころである。高所での使用実績も乏しい軽量テントが、ヒマラヤ登山でどのように使われたのかなと思い調べてみた。
正式な報告書である京都大学学士山岳会編『ヤルンカン』(1975、朝日新聞社)によると、BCへのキャラバン途中、ヤルン氷河末端付近のツェラムとヤルン氷河上に設けられたBC間を往復する際の移動用に使用されたことが記されている。BCで撮影された写真も1点掲載されている。
同書によると、「移動用テントとして吊りテントを用いた。一人用として軽量であり、快適でもあった。」と評価されている。
条件の非常に厳しい上部キャンプで使用されたのではないが、ツェラムは標高3,800m、BCは標高5,210mの高所で、荷揚げペースで4丁場(所要4日間)の距離にある。荷揚げの管理をする隊員は、毎日設営と撤収を繰り返す必要がある。軽量で設営の容易なこのテントの利点がうまく活かされていたようだ。
その後、ヒマラヤなどでの使用実績が重ねられ、1970年代後半にはBCや上部キャンプでも使用されるようになった。
ところで住友ゴム工業は、『ダンロップ・テント』と同じモデルを欧州へも輸出していた。1978年には、『住友ナンガ・パルバット・テント』と名付けられた製品が、ドイツ連邦(西ドイツ)の経済大臣からグッド・デザイン賞を授与されている。
製品名に採用されたナンガ・パルバットという山は、ヒマラヤの8,000峰のひとつで、ドイツにとって宿願の山である。ドイツ隊は1930年代から何度にもわたって挑み続け、数多くの犠牲を払って、1953年にヘルマン・ブールが初登頂に成功した。
グッド・デザイン賞の受賞理由として、優れた設計の着想、設営の簡単なこと、安全・確実に自立できる構造、材料選択と加工の的確さなどが掲げられている。
受賞時の証書には、製造者として住友ゴム工業、考案者として友光幸二氏と寺阪元雄氏の名前が記されている。
ダンロップテントの変遷
日本ダンロップが『ダンロップテント』を製造・販売した期間は約30年に及んでいる。その間に改良やモデルチェンジ、シリーズ名の変更、品番の改訂などが実施されている。
ダンロップテントの変遷のすべてを網羅して示すことは困難であるが、主な改良や変遷について簡単に整理しておく。
以下に示した品番や数値・価格などは、登山雑誌に掲載された同社の広告に記載されたものを使用している。
【1973】
「登山用ダンロップ・テント A type」として新発売
製造・販売:(株)日本ダンロップ
登山用・2人用(フライ付)、3kg ¥22,600-
「ダンロップ・キャンピングテント」同時発売
(岳人313 1973/07)
【1976】
「ダンロップ クライミングテント」
2人用 2.3㎏(フライ付) \26,800-
3~4人用 2.7㎏(フライ付) \33,400-
外張(別売) 2人用 \15,600-、3~4人用 \17,200-
【1977】
6人用 新発売
200×250×115 4.6㎏ フライ付 \58,000-
外張(別売) 6人用 \26,000-
【1978】
ダンロップテントDX 新発売
DT-7202DX 2人用 2.5㎏ \38,000-
DT-7403DX 3~4用 2.8㎏ \46,000-
※DXはフライシートを約50㎝拡張、防虫ネット、ダストホール付、内張(別注)取付可能
DT-7202 2人用 \30,000-
DT-7403 3~4人用 \38,000-
DT-7606 6人用 \60,000-
【1978】
ダンロップゴアテックステント 新発売
CTC-7845 3~4人用(DT-7403DXと同型) ¥78,000-
CTC-7855 4~5人用(ドーム型CTC-7850と同型) ¥98,000-
【1979】
サイドフライシート 新発売
DT-7202FS 2人用 ¥7,800-
DT-7403FS 3~4人用、5~6人用 ¥7,800-
【1980】
ダンロップテント 1人用 新発売
CTC-7101 1人用 1.8kg ¥28,000-
【1983】
品番改訂、間口・吹き流し入口サイズ拡大、防虫ネット縫着
OTM-3200 2人用STD 2.4kg ¥35,000-
OTM-3300 3人用STD 2.6kg ¥47,000-
【1985】
OTM-3202 2人用STD 2.5kg ¥37,000-
OTM-3302 3人用STD 2.7kg ¥46,000-
OTM-4201 2人用DX 2.5kg ¥46,000-
OTM-4301 3人用DX 2.8kg ¥54,000-
OTM-3402 サミット4人用 フルフライ付 4.0kg ¥58,000-
※サミットは、テント屋根部と本体を大きくしたタイプ、フレームは3本
【1989】
シリーズ名、品番改訂、V:4シーズン用、W:3シーズン用
V-200 2人用 ¥49,000-
V-300 3人用 ¥58,000-
V-400 4人用 ¥63,000-
V-600 6人用 ¥79,000-
(山渓647 1989/06)
現行のダンロップテント
現在、販売されているダンロップテントについては、商品名を引き継いで製造・販売を行っているHCS社のウエブサイトに掲載されている。 http://www.hcsafe.co.jp/
詳細は、アルパインテントのページで『ダンロップテントVSシリーズ』の項を参照されたい。 http://www.hcsafe.co.jp/tent.html
この正月、山陰の温泉めぐりに出かけた。急に思いついて行ったので旅館は手配せず、1970年代に買った古いダンロップテント(DT-7403DX)を持参し、雪の残った山麓のキャンプ場で泊まった。
小雨が夜半から霙に変り、朝起きるとフライはバリバリに凍っていたが、テントの中は何ら問題はなかった。
帰宅してからネットで調べてみると、現在もHCS社から継続販売をされていることを知った。新旧製品を比べてみようと思い、同じサイズの製品をひとつ注文した。
生地のカラー、吊り下げ部の縫製、入口の作りなど細部は昔のものから変更されているが、登山の道具として丁寧につくられた良いテントであることは一目でわかった。
最近のユーザは10gでも軽い軽量テントを求める傾向にあると聞く。ウルトラ・ライト(UL)といって、装備全般にわたって極限の軽量化を追求するのが今風であるらしい。自分には理解できないことである。
山の道具は極度な軽量化を競うよりも、強風や風雪に耐えうる強度が備わり、滅多なことでは壊れない丈夫なテントだという信頼性のほうが大切であると思う。
「無事是名馬」とは、ダンロップテントのことである。
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