Next to next syndrome 『次から次へ病』-自転車乗りに蔓延する奇病

自転車の功罪

この『次から次へ病』の話は以前開設していたブログで大きな反響を呼んだ記事です。「恥ずかしいので公開をやめて欲しい」という患者さんたちからの要望で長らく封印していました。ひさびさのリバイバルなので、最近の状況や知見などを少し加筆しています。

2005年ぐらいからでしょうか、ロードバイクのブームが大ブレイクし、休みの日にはロードバイクに跨がってサイクリングを楽しむ人が大幅に増えています。
ロードバイクは、ブーム以前は『ロードレーサー』と呼ばれるロードレース用の競技車両でした。販売していたのは頑固親父がにらみをきかせる専門店のみで、頑固親父の厳しい見極めをクリアしないと売ってもらえませんでした。スピードがでるので、乗り手の技量や性格をチェックしないと危険だったからです。購入後も乗りこなすには修練が必要で、点検整備は基本的に乗り手自身が行います。タイヤも特殊な接着剤でリムに貼付ける方式のため、メンテには手間がかかりました。そんなわけで、ロードレーサーに乗っていたのは競技愛好者など一部に限られていました。
1995年ごろまで、ロードレーサーは一般のサイクリストにはほとんど普及しなかったのですが、ブレーキレバーと一体化した手元での変速機構が開発され、タイヤとリムの構造形式が改良されて敷居が低くなりました。21世紀に入るころには、誰にでも手軽に乗れるロードバイクへと変身しました。

最近では河川敷を利用したサイクリングロードをはじめ、琵琶湖一周やしまなみ海道といったサイクリングコースが各地に整備され、スタンドのないロードバイクを駐輪するためのラックを備えた飲食店や休憩所なども増えています。

サイクリングは手軽にできる有酸素運動のひとつですので、余暇を利用して適度にやれば健康管理や体力増進にも役立ちます。どれぐらい役立つかと言えば、外国には「トラック1台分の薬よりも1台の自転車ほうが健康によい」という意味合いの格言もあるほどです。
自転車に乗ること自体は健康に寄与する行為ではありますが、度が過ぎたり道を誤ると体によいことばかりではありません。

例えば、転倒して骨折などのケガをした人、重いギア比にしたままペダルを踏みすぎて膝を痛めてしまった人の話は、比較的よく耳にします。
記憶に新しいところでは、皇居の周りをサイクリング中に転倒して頸髄を損傷し、半年以上もリハビリを続けたものの現役引退を強いられた日本サイクリング協会の前会長(某政党の元幹事長)、アマチュアの趣味のレースに参加していてゴール前の高速走行で接触事故を起こし死亡した人、マウンテンバイクで山道を下っていて木に激突して死亡した人など、不幸にも大きなダメージを負ってしまった人も結構おられます。

気づかない間に自転車乗りを蝕む『次から次へ病』

死亡やケガだけでなく、一見、健康そうなサイクリストにみえるのに、増殖した菌に脳ミソをやられてしまい、完治が難しい病に陥ってしまったケースも見受けられます。
その代表的なものが、通称『次から次へ病』

どんな病気かと言いますと、病名からも類推できるように、健全な思考回路が冒され自転車が次から次へと増えていくという、奇妙な病気です。本人の身体には外見上の異常は認められませんので、家族ですら発症に気づかないこともあります。

この病気にかかっているかどうかは、学会でも異説はあるのですが、「次から次へ」ですから、3台以上自転車があるとこの病気だと診断されます。
所有台数が2台までなら、1台は使い分け用とかスペア用と見なされるようで、常識ある社会人としての許容範囲内とされています。脳ミソも病原菌に侵されてないそうです。

『次から次へ病』の各ステージ

発症と程度は、個人で所有している自転車の合計台数で判定されます。
スポーツ車や趣味で乗っている自転車をカウントし、原則として家族と共用するママチャリは控除されます。自宅と勤務先、自宅と単身赴任先、自宅と愛人宅、レンタル倉庫などに分散して保管している場合は、すべてをカウントします。

1台または2台の方:脳波も正常で、心身共にきわめて健康です。

3台~5台の方:「次から次へ病」の第1度です。
今なら投薬治療で直ります。軽度なうちに最寄りのエエじゃ内科へ。

6台~8台の方:「次から次へ病」の第2度です。
入院して手術する必要があります。
できるだけ早く阿保じゃ内科のある病院で精密検査を受診してくだい。

9台以上の方 :「次から次へ病」の第3度です。
残念ながら手遅れです。もはや投げる匙すらありません。合掌。

そもそも体は一つなんですから、自転車も1台あれば十分なはずです。サイクリングを始めてうん十年になりますが、昔はこの病気にかかる人は、あまりいなかったように思います。
実際、ロードレーサーに乗りだしてから最初の20年間はこの病気とは無縁でした。

1980年代なかばのバブルのころと重なりますが、世の中が豊かになって、金さえ出せば何でも手に入るようになって、次第にこの病気の人を見かけるようになりました。糖尿病が流行りだしたのとちょうど同じころからですので、一種の現代病、贅沢病とも見られています。
MTBが普及しだしたのも80年代後半から90年代なかばにかけてですので、この病気の患者数の拡大と何らかの関係があるのかもしれません。

自分の場合、ロードレーサーに乗り始めたのは中学生のころからですので、スポーツ自転車によるサイクリングはかなり長くやっています。目下のところ画像のような4台体制です。
この間のメタボ検診では、第1度の『次から次へ病』という判定を受けています。

一口にスポーツ用の自転車と言っても、よく見るとタイヤの太さやホイールベースの長さ、前後のギアの大きさなどがちょっとずつ違っています。フレームに使われているチューブも材質や厚みが異なっているので走行特性にも違いがあるのですが、『次から次へ病』かどうかを診断する判定基準にそのような細かい言い訳は通用しないそうです。

通っている病院の医師からは、「軽度のうちに早く直しなさい」、「今ならクスリで直りますよ」と言われ続けて、もう10年以上になります。

各進行期の症状

ここでは、この病になるとどんな弊害があるか主な症状をご紹介します。

まず、代表的な症例ですが、最初に発生するのは生活環境の汚染です。家の中が狭くなって床や壁が汚くなります。床や棚は砂だらけになります。周りからの風当たりも強くなります。

次に経済的な問題が発生します。症状が進むにつれ、医薬品の購入のための支出が増えます。予備を含めてタイヤとかチェーン、ケーブルやらの常備薬が必要になるからです。そうした常備薬は健康保険のきかないクスリばかりで、効かない割にはなにかと費用がかかります。
さらに、いつでも乗れる状態にしておくためには、定期的な掃除や整備が必要で、メンテナンスに時間を取られてしまい、その結果、本来の目的であった自転車に乗る時間が減ります。

場所とカネと時間を食う割には、何台あっても役立たずということで、どっかの国の核弾頭付きミサイルと同じです。
時々、家庭内で軍縮会議が開催されて、その都度、削減の数値目標が議題にはあがりますが、なかなか決着がつかないケースが多いようです。

いずれにしても早期の治療がなによりで、保有台数が5台以上になると、症状は第2度へと進行し、入院して頭をカチ割っての手術が必要になってきます。近年では大幅な切開が不要なカテーテルを使った挿入術が開発され、大学病院などで実施されていますが、病巣の部位によっては難易度が高く、かなりのリスクを伴うケースもあるようです。

ここ10年ぐらいは、オークションや海外通販が普及し、自転車やパーツをクリックひとつで手に入れられるようになりました。ネットがこの病気の拡散を後押ししている形です。推計によると、日本国内だけでも約うん十万人もの患者がいるとみられています。

ネットで患者さんの症例や闘病記を見ていますと、いろんな方がいますので興味はつきません。 8台とか10台とかもってる重症の人の言動をみていますと、ホンマにかわいそうやなと思います。
もちろんかわいそうなのは、患者さんと同居してはる家族の人とか滅多に乗られない自転車がですけど。

主な症例と家庭でできる治療法

英国Rudge社の広告【1903年】

この画像はサイクリングの発祥地、大英帝国のサイクリング協会の機関誌に掲載されていた約一世紀前の広告です。

Rudge社という高級自転車メーカーの広告に登場するこの人は、1903年に『次から次へ病』と診断された最初のイギリス人NEXT氏。当時、まだ非常に珍しかった軽量のロードレーサーを次から次に買い集めたコレクターとして有名です。NEXT氏は、同居人の怒りを買って家から追い出されてしまい、いっつも愛車6台も抱えて地下鉄の駅で寝泊まりする羽目になったと伝えられています。

症例をみていますと個人差はありますが、サイクリングを始めてから2~3年前後で発症するケースが多いようです。発症後の病状の進行については、第1度で留まる人がほとんどですが、患者総数の約3割前後は第2度、3度へとステップアップしていくようです。
症状の進み方にも2つのタイプがあります。ひとつは10年以上をかけてゆっくりと進行していくタイプで、本人の自覚症状はあまりありません。もう一つは、2~3年以内にステップアップしていくケースです。こちらは本人もよく自覚しているようですが、マウスを掴んだ右手の人差し指が勝手に動くので、病気の進行に歯止めが掛けられないようです。

2016年秋に日本自転車病学会で発表された最新の研究によると、前者のタイプは遺伝的な因子が関係しているケースが多く、後者のタイプでは、交友関係や愛読する雑誌やネットなどの外的な因子が進行を助長していると報告されています。
治療法はタイプによって少し違っていますので、まずは、自分のタイプを見極めるとともに、症状と進行段階に応じて専門医や精密検査のできる病院を受診するのが治療への第一歩です。

ところで、わが国には「居候 三杯目には そっとだし」という名言があります。 居候たる者、いくら腹が減っていてもご飯のお代わりの三杯目は遠慮がちにそっと茶碗を差しだすのが、つつがなく生活していくうえでの作法やという意味です。

代々伝わってきたこの生活の知恵を借りると、「居候 3台目には そっと乗り」ということになります。
であるならば、3台目は家には置かずに、どっかの飲み屋とかスナックに隠しておく(爆)のがエエのかもしれません。

そういえば、大枚をはたいてせっかく新調したのに、家にもって帰れないお客の自転車を長期間無料で預かってくれる親切な自転車屋さんもありました。また、最近ではサイクリングに適した郊外に空調完備の保管スペースを設け、家族にばれないように秘密厳守で預かってくれる保管サービス業も出現しつつあります。一度試しに利用されてみるとよいかもしれません。

最後にこの病にじわじわ効くと言われているアメリカ東海岸のフレームビルダー、ピーター氏の言葉を書いておきます。

「自転車はライダーが乗って走って、そこでようやく完成されるもの」

氏の言葉に従えば、乗り手のいない飾り物の自転車は、未完成であり不完全なもの。荒っぽく言えばガラクタと同然です。乗られない未完成の自転車をたくさん集めてもしようがありません。

それでもあなたは集めますか?


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