Sacs MILLET !

人でもモノでも企業でも、まばゆいばかりに光り輝き、みんなの憧れの的であったのが、いつの間にやら輝きを失い、気づいてみれば・・・・・・というのは、ときどきある話だと思います。
タイトル画像のラベルは、MILLET(ミレー) というフランスの登山用ザックのメーカーの製品についていた三つ折りの紙ラベルです。
ベルトが一本の#600という製品に付いていたので、たぶん1970年代のなかばごろのものです。
写っているクライマーは、ミレー社がつくるザックのテクニカル・アドバイザーを務めていた人たちです。左からルネ・ドメゾン(仏)、ラインホルト・メスナー(独)、ワルテル・ボナッティ(伊)です。この3人を知らない人はモグリの山屋といってもよいでしょう。ミレー製品は彼らの経験や助言に基づいて、使いやすくて信頼できる道具として改良されてきました。
ミレー社は、防水加工した綿布製のバッグや肩掛けカバン(ハーバーザック)屋を起源にもつ老舗のザック・メーカーです。1950年にM.エルゾーグらフランスのヒマラヤ遠征隊が、人類最初の8000m峰アンナプルナの登頂に成功したときに使用したのがミレーのナイロン製でのザックです。それまでのザックは冬山でバリバリに凍るコットンできていましたが、ミレーが開発したナイロン製のザックによって、凍える指先でカチカチに凍ったザックを開ける苦難から解放されたことが知られています。
ザックについていた紙ラベルの裏側には、同社の製品がシャモニーの国立登山スキー学校や、シャモニー・モンブランのガイド組合などに採用されていることが記されています。国立のガイド養成所や本場のプロが信頼し愛用している、ということは世界中のクライマーからも信頼されていたわけです。カメラでいうとライカ、競技用自転車のパーツでいうとカンパニョーロのようなメーカーです。より正しく表現すると、メーカーでした。
近頃のミレー製品に思う
近年は中高年世代の登山ブームが続いています。テレビの登山番組やネットを眺めていると、ガイドに引率されて百名山のスタンプ集めをするおばちゃん連中がたくさん登場します。そんな人々のなかにも、MILLETのロゴのついたザックを背負っている人、ウェアを身につけている人をよく見かけます。流行っているようです。
最近登山をはじめた方のなかには、頭の上から足元までMILLETづくしの広告塔のような人も見受けられます。たぶん、経済的に余裕があるのでしょう。でも、彼らはおそらくドメゾンもメスナーもボナッティも知らないでしょう。百名山をゲットするスタンプラリーだけならば、知らなくても別に構いません。
百名山ブームと前後して、十数年まえから輸入代理店や日本法人がミレーブランドを使って国内市場限定の企画商品をつくったり、ウェア類やシューズなどにも手を広げているようです。もちろんミレーブランドに偽りはないので正規のミレー製品ですが、かつてのようにテクニカル・アドバイザーによる厳しいチェックがはいっていません。なかには、単にデザインや見栄えだけに重きを置いた製品もあるように思います。
ミレーがウェアに手を広げた10年ほど前(2005年ごろ)、薄いフリースのジャケットを買ってみました。街着としてはおっていただけですが、しばらくしてジッパーが壊れてしまいました。街で使えないモノを山で使うと命取りになります。
そういえばルネ・ドメゾンは「山の道具は雨の日に買いなさい」という有名なアドバイスの言葉を遺しています。フリースのジャケットも土砂降りの雨の日に買うべきだったのでしょう。
【補遺:2021/03/19】
ミレーの名誉のためにひとこと追記しておきます。
すべてのミレー製ウェアに品質上の問題点があるわけではありません。手元にある1980年代なかばの羽毛服は、30年以上経過した今でもまったく問題がありません。もちろんフランス本国での生産品です。
つまり、外国の工場に依託生産した製品の一部で、品質管理が行き届かなかったのだとと思います。コストカットしながら、自社のブランドを使って銭儲けに走った企業の製品によくありがちな話ですが・・・・・・
一本締めのザック
最近の登山は道具から入るのが当たり前になっているようです。ショップに行けばだれでもミレーのザックを手に入れることができますが、むかしは高嶺の花でした。登山をはじめたばかりの人間がミレーのザックを担ぐことはまずあり得ませんでした。
自分の場合でも、ボーイスカウトでハイキングを始めたころは薄いナイロンのナップザックでしたし、高校の山岳部に入って本格的な登山に足を踏み入れてからも国産のアタックザックや頑丈な帆布でできた超特大のキスリングがボロボロになるまで使いました。登山を始めて10年近く経ち自分で稼げるようになって、ようやくはじめてミレーのザックを手にすることができました。
このラベルは、たぶん初めの頃に買ったミレーについていたので、ガラクタ箱に入れて保管していたのだと思います。
左の5つが「一本締め」と呼ばれるタイプ
そんなミレーですのでボロボロになっても捨てたく、修理できるものは修繕し、コットン製の生地がダメになってしまったモノも含めて後生大事に保管していています。大型ガラクタ箱からとりあえず10個ほどひっぱりだし、風にあてて虫干しです。
向かって左側の5つは雨蓋のベルトを1本だけにした「一本締め」と呼ばれるタイプです。右の5つはベルトが2本ある通常のタイプです。中のものを取り出すときも2本締め半分の手間ですむので、自分はシンプルな一本締めのタイプが好きです。
左端の赤い一本締めが一番新しいミレーですが、それを買ってからもうずいぶん経ちました。ご覧のように、すでに一生使う分が手元にあるので、これ以上はもう買いません。
おまけ 不朽の名作 №911 Travel-bag!
2021年、ミレーは創業百年を迎えたそうです。祝意を表するとともに、最後に「おまけ」です。
長く愛用しているミレーのバッグを紹介しておきます。

製品に付属していた簡易カタログ
資料:1970年代半ばのミレー社のカタログ
購入したのは、たしか1976年ごろです。ミレーザックを扱う登山専門店で買いました。
当時、製品に付属していた小さなカタログには、『№911 Travel-bag』と記されています。あの高級スポーツ・カーと同じ製品番号です。
「Sac week-end et avion」と記されているので、「911に積んで週末の小旅行や航空バッグとしてどうぞ」という意味合いでしょう。
ミレー社がアルパイン・クライミング用ザックの専業から少し商品展開を拡大し、子ども用のザックやウエストバッグ、ダウン製品、ヘルメットなどにも手を広げつつあったころの製品です。
当時のテクニカルアドバイザーの面々
資料:1970年代半ばのミレー社のカタログ
テクニカル・アドバイザーの顔ぶれも少し増えています。
古株の御三家と超人メスナーに加えて、新顔はセキネルとヴィラードです。セキネルは氷壁の二刀流の先駆者として有名です。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Walter_Cecchinel
最後の人はよく知りませんが、公認の山岳ガイドで先鋭的な壁屋さんのようです。
不朽の名作! MILLET №911 Travel-bag
バッグは、ドコに置いてもよく目立つ鮮やかなオレンジ色でしたが、MILLETの名声とともにだいぶ色あせてきました。
サイズは、幅40㎝×高さ30㎝×マチ20㎝です。飛行機の機内に持ち込め、頭上の棚でなく荷物を手元に置いておきたい時、座席下にスッポリ収まるサイズです。
メイン・外側ポケット・内側ポケットの3室に分れており、それぞれジッパーで開閉します。メインと外側のポケットはWジッパーで、信頼性の高いYKKのナイロン製品が使われています。
外観もですが、内側もシンプルです。この手のバッグによくある内側のペン差しやポケットなどの小細工は一切ありません。とくに、最近のザックやバッグなどで多用されているポリウレタン製の小物入れのネットなど、製品寿命がせいぜい5年ぐらいしかないようなゴミ類は一切ついていません。
このバッグ、とにかくシンプルで使いやすく、しかも頑丈です。
バイクや自転車に乗るときは、たすきがけにしてショルダーバッグとして使ったり、車に乗ったり短い距離を歩くときは、ショルダーベルトを短くして、手さげバッグとしても使えます。
紺色のショルダーベルトは、高密度に織込まれた素材で、絶妙の硬さと幅です。同じ素材のベルトがバッグのサイドから底までしっかり回っています。
ショルダーベルトとバッグの下半分を回るベルトとは、Dリングで接合する形式ですが、力の掛かる部位の縫製は、人工皮革でしっかりと補強されています。
毎日、書類や資料の本をいっぱい詰めて使っていた期間も長くありました。
現在は、以前に比べて出番が減りましたが、衝撃を吸収するためにTENBAのパッドを内蔵させて、おもに撮影機材を携行するカメラバッグの代わりに使っています。
デジカメ数台にレンズ、バッテリーなどを入れると結構な重さになりますが、不安はまったくありません。
長く使ってきたので、傷んだ箇所もあります。
バッグの輪郭線にあたる生地の縫合部をカバーしているパイピングの中空ビニールチューブが硬化して折れてしまいました。チューブの内径にあう線材を入れて自分で修理しました。
ジッパーも何千回以上の開閉操作で酷使したため、かなりくたびれています。が、2本のWジッパーはきちんと動作します。動きが渋いときには、高級車用の鑞製ワックスをうすく塗って滑り具合を調整しています。
長年にわたってザックをつくってきたミレー社の英知と経験とが注ぎ込まれた、素材と造り、縫製です。
半世紀ちかく使ってきた愛用品です。
評価をするならば、その事実だけで十分でしょう。仮に、ひと言コメントを求められたならば、「さすが MILLET!」という褒め言葉しかありません。
ただ一つ残念なことは、日本国内のまちや列車内、駅、空港などで同じバッグを持った人を一人も見たことがないことです。何らかの事情で、すぐに輸入されなくなったか、それとも廃番になったのかもしれません。
2022/07/03:「おまけ」を追記
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