荒川の下流、京成押上線の鉄橋の近くにある船宿。太公望をのせて江戸前に出航する沖釣りの乗合船は、三代にわたって続くこの船宿から出発します。
堤防から川に降りると、葦原に囲まれて事務所に使われている小さな建物があり、その先の川岸には桟橋が設けられています。
船がでるまで間、建物の横で待たねばならないようですが、そこは川風が吹きぬける青天井の待合。冬場は寒かろうということで、やかんがのったストーブを囲むように椅子が並んでいます。ストーブだけでは北風が冷たかろうということで、葦を束ねた風よけがしつらえられていました。明治生まれの二代目主人の心づかいです。
この風よけをみたとき、黒澤明監督の映画『デルス・ウザーラ』のあるシーンを思いだしました。それは雪原で道を失った主人公が嵐から身を守るために、葦に似た丈の長い草を刈り、小山のように積み上げ、その中に潜り込んで無事一夜を明かすという場面。葦は茎の中に空気層をもっているので、この風よけも見た目以上に暖かいのかもしれません。
水辺に育つ葦は、川の表情を豊かにしているだけでなく、最近では自然環境を高めたり水質浄化の面でも大きな期待が寄せられています。しかし、暮らしを支える材料としての葦は、次第に忘れられようとしています。葦簾や葦葺き屋根が減り、この風よけをしつらえた船宿の主人のような葦の使い手も少なくなってしまいました。
Memo
・東京都・荒川
・撮影:1999/04
・旧版公開:2000/01/07、改訂版公開:2017/08/22
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