『納涼床(のうりょうゆか)』は、祇園会とならぶ京の夏の風物詩。単に『床(ゆか)』とも言いますが、蒸し暑い京の夏をしのぐために生まれた生活の知恵のひとつです。
鴨川の西岸、本流とは少し離れた高水敷を流れる「みそそぎ川」という小さな流れの上に、柱を組んで高床式の床を設け、簾やぼんぼりなどで川に面した奥座敷をしつらえます。
この床は店内の座敷と一体のものとされています。身近な自然をうまく利用するという意味では、京の町屋にみられる坪庭と同じような発想です。川風を感じながら、東山や北山を眺め、美味い料理に舌鼓をうつ、京ならではの風雅が凝縮された川の文化です。
納涼床の歴史は古く、近世の初期にまで遡るといわれています。原初の床は、現在のような建物に接した高床式ではなく、鴨川の中州や浅瀬に床机(しょうぎ)を置いただけのワイルドでシンプルなものでした。
江戸時代の寛文年間になって、京のまちづくりの一環として鴨川に護岸がつくられたのを契機に、高床式のものが出現しました。明治までは床机と高床式の双方の床が併存していました。
大正時代になると、水害を防ぐために中州を取り除く河川工事が行われ、川の流れが速くなったことから、床机の床は禁止されました。その代わりに「みそそぎ川」がつくられ、その上に高床をしつらえるといった現在の納涼床の形が整えられました。
この納涼床、公共の河川敷の一部を使用することから、誰でも勝手につくってよいものでありません。鴨川を管理している京都府に申請して、占用許可を得る必要があります。床を設けることのできる期間、構造や手すりの高さなど、細々とした規則もいろいろとあるそうです。
以前の納涼床は和風のものばかりでしたが、平成に入るころからイタリア料理やタイ料理の店、カフェテリアなど、床にイスとテーブルを並べて洋風のテラススタイルで営業する店も増えてきました。それに対して伝統的な納涼床の景観や統一感が損なわれるといった指摘もあり、いろいろ物議をかもしています。
最近は洋に和のテイストをつけるのが流行っているようで、鴨川を歩いていたら、なんと『「床」付き貸しマンション』も出現していました。鴨川の夏の風物詩もだいぶ迷走しつつあるようです。
マンションに付いている「床」は、みそそぎ川の上ではないので、厳密には床ではなく単なるベランダかテラスでしょう。しかし、『納涼床』らしきものをつけると建物の格が上がり、ついでに家賃収入も上がるという貸し主さまの思惑がチラチラと見てとれます。
おそらくマンションにはフローリングの「床」がついているはずです。床があれば看板はけっして詐称ではありません。ですが京都のことですから、ベランダをもって『床』と称することをいぶかしく思う人もいることでしょう。
Memo
・鴨川/京都市
・撮影:1997/06、2006/06、旧版公開:2006/07、改訂版公開:2017/02
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