東海道本線を走り大阪へ

出発信号を待つ

特急専用機時代の飾り窓の付いた運転台で前方を注視する機関士。
機関助手は、尼崎から大阪までの本線走行に備えて投炭作業に余念がない。
窓の右下にある〇に消の文字は、炭水車の水槽を消火用水槽に改造したことを示している。太平洋戦争末期の本土空襲時、米軍B29の焼夷弾爆撃による沿線の火災を消火するために施された改造である。
1937(昭和12)年に汽車会社で製造されたこの機関車が、戦禍のなかを走り続けてきた証でもある。

【伊丹駅、1968年1~2月頃 撮影】

大阪駅10番線に到着

午前9時過ぎ、ラッシュアワーの終わったころを見計らうように 大阪駅10番線に到着する。隣の11番線に停車しているのは東海道線から高山線に乗り入れる急行「のりくら」である。
C57は煙をたなびかせてしばらく停車したのち、東海道本線を走り上淀川橋梁を渡って新大阪駅の南にある宮原操車場に引き揚げる。
【1968年1~2月頃 撮影】

【次は】宮原にて(1) – takaginotamago


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