島熊山の一本松

この記事を含む島熊山に関連した4編の記事は、2012年に旧ブログで公開した論考に一部加筆して再掲したものである。なお、初出の旧ブログは2016年に閉鎖した。

・島熊山の一本松 【初出:2012/01/07】 ◀ このページ
島熊山の山名と位置について(1)【初出:2012/01/15】
島熊山の山名と位置について(2)【初出:2012/01/15】
島熊山の山名と位置について(3)【初出:2012/01/18】

島熊山の一本松

島熊山は、豊中市の北部、東豊中の奥に位置している。丘のような低い山ではあるが、かつては豊島丘陵から千里丘陵にかけての最高地点を形成していた。

玉かつま 島熊山の夕暮れに ひとりか君が 山道越ゆらむ

(万葉集 巻十二 3193)

島熊山は万葉集にも歌われた山で、“玉かつま”というのは島熊山の枕詞だという。

春日町から島熊山方向をのぞむ春日町から東の島熊山方向をのぞむ【1969年 豊中市撮影】

西麓の春日町付近からみた一本松の立つピークと住宅地
(写真:豊中市広報広聴課 利用規程に基づき北摂アーカイブより転載)

この写真は、府営春日住宅の南側市道の舗装工事の際に撮影されたものと思われる。この写真が撮影された当時、自分は豊中から吹田市に引っ越したばかりで、北千里に住んでいた。ほぼ毎日、自転車に乗って島熊山を越えて春日町にあったPサイクルに遊びに通っていた。一本松を見ながら砂利の敷かれたこの道を走ったことを鮮明に憶えている。

島熊山には子どものころから何十回も登っている。昭和40年代の頂上付近は西側が赤土の崖になっていて、崖っぷちに『島熊山の一本松』と呼ばれていた松の木があった。上の写真の一番高いところにみえるからかさ松が『島熊山の一本松』と呼ばれていた松の木だった。

松のところに佇めば、パラボラアンテナが2つ並んだ六甲山が遠くに望め、甲山のある阪神間から大阪市内、大阪湾が一望できた。天気の良い日には、葛城山や淡路島も見えた。島熊山からの眺望は上野小学校で習った「♪六甲はるか野は広く 大大阪にほとりして~」という『豊中市歌』の歌詞にうたわれているとおりだった。

現在は、住宅群やマンションが稜線直下にまで建ち並んでいて、山頂付近も西側がだいぶ削りとられてしまい、かつて一本松のあった場所を特定することすら難しい。

島熊山周辺の住宅地開発

東豊中の住宅地開発は、戦前の昭和初期に阪急電車によってはじめられた。いっぽう東豊中の奥に位置する島熊山周辺の住宅地開発は、昭和30年代の終わりに豊中駅前にあった牧野組によってすすめられた。
東豊中は緑豊かな別荘地の趣のあるいわゆるお屋敷町であったが、島熊山周辺は雛壇型の造成地に一戸建ての並んだ郊外の住宅地である。最初に住宅が建ちはじめたのは島熊山の西南麓で、現在の住所でいうと緑丘2丁目あたりの数ブロックだった。

昭和40年代なかばの島熊山周辺昭和40~45年ごろの島熊山付近
国土地理院2万5千分の1地形図 伊丹【昭和46年修正測量】・吹田【昭和42年改測】、左側のA地点は「北摂アーカイブの写真」が撮影された場所

この地形図は2枚を張り合わせたもので、東側と西側で測量年が少しずれるているが、開発されつつある昭和40~45年頃の島熊山付近の様子がみてとれる。島熊山で牧野組による住宅開発がはじまったのと同じころ、千里ニュータウンや新御堂筋などの主要道路の建設工事も進められていた。

島熊山の開発当初、阪急バスは三ツ池の少し先の東豊中までしか入っていなかった。
そのころ島熊山に行くには、終点の東豊中バス停から深谷池の横の曲がりくねった坂道を歩くか、牧野組が運行していたマイクロバスに乗って行くかのどちらかだった。

牧野組のマイクロバスは、東豊中団地前が起点で、東豊中のバス停を経由して今のバス路線と同じ道を走っていた。まだ食料品店もなく、足の不便な分譲地に引っ越してきた住民の便宜を図るために運行されていたのだと思う。

小3から小4の頃、月に何回か牧野組のマイクロバスに乗って、島熊山にあったA先生のご自宅に水彩画を習いに通っていた。終点はいまの島熊山バス停と同じ場所で、バス停の前にたしか「紫苑」という名の喫茶店があった。
夏の夕方、島熊山から降りる帰りのバスを待っていたら、急にすごい雷雨になった。あたりは坂道ばかりで、すべての道が川のようになった。そのときは喫茶店のなかに入れてもらって、稲光をみながら雨宿りをしたことを覚えている。

島熊山【明治42】

明治末期の島熊山付近
陸測2万正式図 池田【明治42年修正】、赤の▲は稜線上のピーク

明治42年に測量された地形図をみると、このあたりで最も標高の高い地点は北側にある標高131.7メートルの小ピークである。しかし、そこには山名の記載はなく、現在、不動尊のあるあたりに標高値不詳の小さなピークがある。さらに南側に112.3メートルの標高点があり島熊山の名が記されている。
ずっとのちの1966年に不動尊の東南、120.5メートルの地点に三角点が置かれた。三角点の「点名」は「島熊山」と名付けられた。点名は必ずしも山名を示すものではないが、このような経緯からこの三角点の置かれたピークを島熊山と呼ぶ人もいるようである。
しかし、三角点の置かれた不動尊東南のピークはこの付近の最高地点ではない。不動尊よりも数百メートル北側に位置する一本松のあった131.7メートルのピークがこのあたりで一番高い場所だった。三角点は三角測量のための基準点であり、山の最高地点を示すものではない。

牧野組による開発のあと、東側に千里ニュータウンができたり、北西側の山麓が開発されたりして、島熊山周辺はずいぶん変わった。
元のままで残ったのは、ニュータウンの外縁部を囲む細長い緑地だけになった。その緑地も一時、大阪府が開発して防災用のヘリポートを設置する計画を立てていたという。当然のことながら住民の反対運動がおこり、結局、緑地は大阪府から豊中市に譲渡されて、島熊山緑地として保全されるようになった。

このような経過を経てかろうじて緑地は残った。しかし、島熊山を特徴づけていた一本松の立つ風景は失われた。また、山頂に登った誰もが楽しめたあの雄大な眺めを見ることもできなくなってしまった。

『景観』だとか『ランドマーク』といった言葉がまだ市民権を得てない時代の話であるが、景観行政のお粗末さを表徴するような結果となった。
大阪弁で手短に言えば、「刺身の『ツマ』だけ残してどうすんねん!」ということである。


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本論考の再公開に至った経緯

盗用や剽窃などの著作権侵害行為は、創作意欲や知的生産を妨げ、健全なインターネット文化を根本から破壊する重大かつ卑劣な犯罪である。精魂をこめて制作した著作物の盗用や剽窃は絶対に許さない!

島熊山の山名と位置に関する4部構成の論考は、2012年1月に旧ブログで公開したが、2016年3月に旧ブログを閉鎖し公開を取り止めた。
この度、このサイトで再公開に至った経緯と、“boubou”と名乗るブロガー(ブログ作者)による著作権侵害行為のあらましについて、ネット上での著作権侵害行為を防止するための記録として以下に整理しておく。

(1)島熊山に関する4編の論考
この島熊山の山名と位置について記した一連の論考は、以前、ブログサービスを利用して開設していた旧ブログ『My Maps』(http://mymaps.blog.fc2.com/)に4回に分けて掲載したものである。旧ブログは、別のウエブサイトに設置したGoogle Mapsとブログ記事とのリンクによる連携をテストするために2011年に開設した。
旧ブログは2016年に閉鎖したので、現在は存在していない。

(2)旧ブログで論考を初公開した年月日
4編の論考は、2012年1月7日から1月18日にかけて公開した。各記事を旧ブログで初めて公開した年月日は次のとおりである。
・島熊山の一本松 【初出:2012/01/07】記事のエントリー№41
・島熊山の山名と位置について(1)【初出:2012/01/15】エントリー№65
・島熊山の山名と位置について(2)【初出:2012/01/15】エントリー№66
・島熊山の山名と位置について(3)【初出:2012/01/18】エントリー№67

なお、公開した各記事は著作権法で保護されているが、念のため各ページには「Copyright, 著作者のハンドル名, 2012.All Rights Reserved.」を表示していた。

(3)著作権侵害行為の発見
公開から約2年半が経過した2014年7月、ネットを検索していて、内容がきわめて酷似したブログの記事を発見した。わかりやすく言えば、当方のブログの『パクリ記事』である。
本論考の構成や論旨と同一であり、参考文献や利用規程に基づいて転載した豊中市撮影の写真も同じものが使われていた。著作権を侵害した模倣記事である。旧版地形図に手を加えて掲げていた図版3点は無断で転載されており、下記(8)や(9)に示したように文章の大半も盗用したものであった。文章や図版(画像)を複製して無断転載する行為(盗用)、部分的に文章、語句、筋などを盗み自作したように装って用いる行為(剽窃)は、ともに著作権(複製権、公衆送信権)を侵害した不法行為である。

(4)最初に見つけたのは図版の盗用
ブログの盗用記事は、2013年6月1日に “boubou”と名乗る当時60歳前後の男性が「島熊山一帯住宅開発小記…。」と題してネットで公開したものであった。その記事は、boubouがYahoo!ブログ上で自らが発信している『おじさんチャリダー日記』のエントリーのひとつである。散歩で通った島熊山周辺について記されているが、住宅地開発史の核心部の中身は、他人の著作物である図版を盗用したり、文章を盗用・剽窃したパクリ記事である。
▶ 当該ブログの記事 https://blogs.yahoo.co.jp/wdwwq181/55605399.html
注:Yahoo!ブログは2019年12月でサービス終了となり、以後閲覧できなくなる。

(4-2)boubouの記事に無断で複製されていたのは、当方の図版3点だった。「ネットから、この辺りの地形図の変遷をお借りしましたよ・・・。。。」というふざけた文が添えられていただけである。図版の具体的な出所等は一切記されていなかった。

三点リーダのあとに句点を3つ連ねた変な日本語の表記法はさておき、所有者(著作権者)の許諾を得ないで「お借りした」というのも変な日本語である。ふつうの人は「スーパーから、食料品をお借りしましたよ」とか、「書店から、写真集をお借りしましたよ」と言って持って帰ったりしない。店の商品や他人の財産を無断で持ち帰ると、窃盗罪という犯罪になる。他人の財物を盗むことは、倫理的・道徳的にも反社会的な行為であることぐらい子どもでも知っている。

ネットからお借りしましたよ

無断転載された図版(3点)boubou「島熊山一帯住宅開発小記…。」 における著作権侵害(図版3点の盗用)
Yahoo!ブログでは画面の地図をクリックすると別窓で大きなサイズの画像が表示された
https://blogs.yahoo.co.jp/wdwwq181/55605399.html

(5)著作権侵害者への通知と抗議
発見後ただちに盗用ブログの作者であるboubouには、当該記事のコメント欄を通じて通知した。かかる行為は、知的財産を侵害した不法行為であること、著作権法違反の犯罪であることを指摘した。あわせて、当方の著作権を侵害しないこと、著作物の引用や転載に際しては著作権法の定めや社会通念上のルールに従う必要があることを伝え、不法行為を善処するよう申し入れを行なった。
常識的な大人ならば、不法行為を反省して謝罪するとともに、盗用した図版や文章、剽窃した文章は速やかに削除されるものと期待していた。

(6)盗用者の不遜な対応
しかしながらboubouなる人物は、平謝りをしただけで不法行為自体は改めなかった。著作権を保有する当方は、boubouに著作物を貸した覚えはない。もちろん、転載を許諾したこともない。
おまけに、「引用時には引用の要件を満たしたうえで、出所を明記するのがルールです」という当方の指摘に対して、「お借りしたもののURLがわからないので(できない)、教えて」などと言う。自分が盗んできたくせに、どこから盗ったのかわからないとは・・・・・・ 厚顔無恥を地でいく本当にどあつかましい泥棒である。

(6-2)そもそも、人のサイトから図版と文章を盗んで同じテーマの記事を同じ論理展開で公開したら、Googleの検索結果などからすぐに悪行がバレると思いが至らないのだろうか? boubouのブログによれば、彼は大学卒業後、民間企業で開発研究に従事している。職務経験上、工業的な知的財産(特許権)に関する専門知識を有しているようである。下記の(18)で述べる刑事告訴後に知った実名で調べてみると、自身で特許も保有している。特許も著作権も同じ知的財産である。自分の知財は特許を取得して守るいっぽうで、他人の知財は平気で侵害するという彼の思考回路は理解できない。著作権など大したことはないと軽く考えている『いわゆる確信犯』なのか?

(7)出所を記しただけは引用は成立しない
コメント欄での数回のやりとりを経て、当方の著作物を掲載していた旧ブログのURLを伝え、ようやくboubouのブログに図版の出所が不完全ながら記載された。しかし、出所を記載しただけでは著作権法で認められた「引用」は成立しない。引用するには、まず同法32条に定められた『引用の要件』を満たさねばならないからである。この引用の要件を満たさない無断複製は著作権侵害となる。

(8)図版だけでなく文章も盗用されていたことが発覚
さらに、2018年6月には、上記の図版3点のほかに文章も盗用されていたことも発見した。その発見が遅れたのは、boubouのやり口がなかなか巧妙だったからである。無断転載を最初にみつけた2014年の時点では、図版3点の盗用しか気がつかなかった。

(8-2)boubouがネットに公開した記事の前半部には、郷土史家の鹿島友治氏の著作『豊中 ありし日の景観』にふれた箇所がある。boubouは著書を「紹介する」という表現を使っているが、他人の文章を引いているので実質的には著作物の「引用」もしくは「転載」である。

「引用」とは、自分の論の根拠などを説明したり証明したりするために、他人の文章や事例などを提示したり紹介することである。著作権法第32条に定められたいくつかの要件を満たしたうえで、第48条で示された出所を明示すれば「引用」は成立する。著作権法の規定を満たした「引用」は、著作権者の許可は不要である。もういっぽうの「転載」とは、他人の著作物を複製することであり、転載する場合は著作権者から許諾を得る必要がある。

(8-3)鹿島氏の著作を紹介した記述は、文字量にして15行、約600字ほどである。まず、約600字もの文を「引用」とみなすには、社会通念上いささか文字量が多すぎる。仮に、百歩、いや一万歩譲って「引用」とみなすとしても、「引用文」に対するboubouの自説、つまり「主体となる文」が質・量ともに皆無に近い。さらに、前後の文との主従関係、引用を行なう必然性、引用が目的に合致した正当な範囲であるかといった著作権法32条に規定された引用の要件を欠いている。つまり「引用」ではなく、ブログで話題提供するための「無断転載(複製)」なのである。

(9)「引用」を偽装した「盗用」
鹿島氏の著作を「引用」した文章には、その前段に出典が示されているので、一見、ルールにしたがって「引用」しているようにみえる。しかし、じつはこの「引用」したようにみせている文章は、鹿島氏の原著に書かれている文ではなく別の文である。
なぜなら、鹿島氏の著作を当方が現代の口語文に翻訳した文章そのものだからである。鹿島氏の著作には古い文語体で記述された箇所があり、「引用」したようにみせている文とは文体や内容が異なる。

(9-2)したがって鹿島氏の著作を「引用」したのではなく、当方の著作物を「盗用」したのである。同じ「○用」でも大違いである。boubouが掲げていた文章は、彼が原著を読み、キーボードを叩いて引用文をつくったのではなく、パソコンの画面上に表示された当方の文をそのままコピペ(複製し公衆送信)したのだと推定される。
本当は他人の著作物を「盗用」しているのに、あたかも鹿島氏の著書を「引用」したように偽装し、いかにも自分が考察したような論考に仕立てあげてブログで公開している。実にあつかましい人物である。

(9-3)証拠としてboubouが無断転載していた文章を以下に示す。用語や用字の細部に至るまで一言一句が当方の著作物そのものであり、コピペしたことの揺るぎない証でもある。

さらに、「引用」する際に著作権法で義務付けられている出所の記載はどこにも記されていないので、引用を装った不正な無断転載であり、全文が「盗用」である。

boubou「島熊山一帯住宅開発小記…。」 における著作権侵害箇所(文章)
鹿島氏の著作を「引用」したように偽装して、
当方の著作物を「盗用」している箇所(赤枠内の全文)
https://blogs.yahoo.co.jp/wdwwq181/55605399.html

(10)原著・当方の著作物・盗用文の比較
著作権を侵害をして作成されたboubouのブログ記事には以上のことには一言もふれられてない。しかし、(A)鹿島氏の原著(B)当方が原著を現代文に翻訳した文章、(C)boubouが「紹介した」とする無断転載文(上図の赤枠内)、この3つの文を比べてみれば一目瞭然である。(A)と(B)は文体や文言、用字が異なり、(B)と(C)は一言一句違わず一致する。

例えば、原著の「峰」に対する翻訳文の「峯」の用字、原著で用いられた「漢数字」に対して旧ブログの翻訳文では地名などは「漢数字」のままとし、標高値のみを「全角算数字」に変換している点などは、誰の目にも明らかな判別上のポイントである。
以上のことから、boubouは鹿島氏の著作名を掲げながら、実際は原著に直接あたっていないことは明らかである。PCのモニターにあったテキストを漫然とコピペしたのであろう。彼は自分で墓穴を掘ったわけである。

(11)著作物を公開していた旧ブログの閉鎖
この論考は小論ではあるが、地域調査に30年以上の経験と実績を有するプロフェッショナルが作成したものである。労力と費用をかけて文献を捜し、旧版地形図を入手・加工して図版化し、現地調査や論考を重ねている。盗人に成果を横取りされて、はなはだ気分が悪い。不本意ではあったが2016年3月にブログを閉鎖し、一連の論考をネットから削除した。

(12)盗用された著作物の再公開
2018年6月10日現在、boubouが盗用したブログ記事はネット上で公開されており、著作権侵害の不法行為は約5年間も続いている。しかも、検索の上位にヒットする。現状のまま放置することは不法行為を是認し、盗人に屈したことにもなりかねない。
あまりに腹立たしいので、この度、加筆修正したものを再度公開し、オリジナルが存在していることを主張することにした。なお、再公開に際して、タイトルや本文のごく一部を手直ししている。

(13)再三の抗議を無視
boubouには、最初に図版の盗用を発見した2014年7月2日と、文章の盗用を見つけた2018年6月10日~11日に、それぞれ唯一の連絡手段であるブログのコメント欄から計5回にわたって抗議と申し入れを行なっている。2018年の抗議の際には他の記事のコメントにはすばやく返答するものの、本件に対しては返答がない。無視を決め込んだようだ。
(13-2)boubou は、彼自身のブログ記事によれば、箕面市のA小学校校区で民生委員・児童委員をしている公務員(非常勤)である。「人格識見高く」「公平公正」が求められる民生委員が、私事とはいえ不法行為を重ねているがこれ如何に?  箕面市は職員の不法行為を看過するのか? と6月12日に箕面市の所属先に電話とメールで状況を伝え、解決に向けた調整ができないか打診した。当方は、boubouと直接連絡をとることができないからである。しかし、公務外のことであるという理由で色よい返答は得られなかった。

(14)DMCAに基づく検索結果の削除申請【第1回目】
2018年6月11日、DMCA(デジタルミレニアム著作権法)に基づき、著作権を侵害しているboubouのブログを検索結果から削除するようGoogle に申請を行なった。数日後、申請は受理された。申請内容と著作権を侵害したYahoo!ブログのboubouの当該記事のURLはLumenのサイトに掲載されている。
https://www.lumendatabase.org/notices/16682737

(15)盗用者への最後通告
いっぽう、boubouとの直接交渉については、なかなか捗らない。2018年6月10日に行なった2回目の指摘後も、boubouからは謝罪等は一切なかった。そこで、6月16日までの回答期限を設定して、当事者間で解決する意思の有無を明らかにするよう要請した。しかし、boubouからは、なしのつぶてであった。この間、boubouは4回にわたってブログへ新しい記事を投稿している。また、他の記事へのコメントにはこまめに返信している。Yahoo!ブログの場合、古い記事であってもコメントの投稿があると何日間はトップページに表示される。したがって「意思確認のコメントを見ていなかった」という言い訳は通用しない。
(15-2)その後、2018年7月3日にYahoo!ブログを確認すると、盗用してつくった当該記事だけがコメント欄も含めて閲覧できなくなっていた。その理由は不明であるがboubou自身の手で閲覧不能にしたものと推定される。
他人の知的財産を泥棒して、再三注意されても素知らぬ顔をしていると、児童委員として指導している子どもたちにも示しがつかない。私的な不法行為であるが、箕面市から何らかの形で指導があったのかもしれない。

(16)抗議を無視し不法行為を続ける
どのような理由で当該記事を閲覧できなくしたのかは知るよしもないが、コメント欄を利用してboubouへ伝えた通告、抗議、版権使用料の支払請求、示談の呼びかけを全て無視し、記事・コメント共々すべてを消し去った。

(16-2)他人の著作物を無断で複製し、ネットで公開し続けていることは犯罪である。著作権侵害行為に対しては、民事上は差止請求権(112条)のほか、損害賠償に関する規定(114条)、名誉回復等の措置(115条)などが規定されている。また、刑事上は10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金又はその併科など重い刑罰が規定されている。コピペぐらい大したことはないだろうと見くびっていると手痛い目に遭う。

(16-3)法的措置をとる前に交渉によって穏便に解決しようと思い、2018年7月9日、やむなくboubouの他の記事のコメント欄を通じて再度、接触を図ろうとした。ところが、boubouは「迷惑行為として証拠を保全した」「迷惑行為で訴える」と反抗的な態度で悪態をついてきた。

(17)堪忍袋の緒を切るときがきた
著作権者からの再三にわたる呼びかけを無視するboubouの一連の行為には、反省や和解の意思は認められない。呼びかけへの返答もなく、コメントを含めて閲覧不能にすることは、無礼であるばかりか、不法行為の証拠隠滅を図ろうとした不誠実で悪質な行為と判断せざるを得ない。

(18)著作権侵害で刑事告訴
著作権法で保護されている著作者の権利を守るとともに、創作活動の根源となる意欲を維持し、健全な文化を妨げる犯罪行為をネットから排除するため、警察とも相談しboubouに刑事罰を課すことを求めるために刑事告訴した

警察による捜査・取り調べは、半年以上にわたって行なわれた。証拠の残りにくいネットでの犯罪を立件するには、情報通信に関する高度な専門知識だけでなく、厖大な準備資料が必要である。何本もの供述調書を作成し、調書や通信記録などの証拠書類を綴った書類の束は厚さ5㎝以上になっていた。一般に著作権侵害行為の刑事告訴は難しいと言われるが、今回の事案における担当者のご苦労と捜査に注がれた多大な労力と時間は、傍でみていてもよく理解できた。
その後、boubouは検察庁に書類送検されたと聞いている。

(19)当該ブログのその後
boubouが公開していたYahoo!ブログの当該記事は、2018年7月初旬ごろから2018年12月にかけての間、当該記事だけが閲覧不能となっていた。その後、2019年になってから再び公開された。閲覧不能の措置が講ぜられた理由はわからないが、再公開時には、著作権侵害箇所の一部の内容が法に抵触しないよう改訂されていた。

(19-2)2019年に再公開された記事では、無断転載していた当方の図版3点を別の画像(埼玉大学教育学部人文地理学教室の谷 謙二氏が公開している『今昔マップ』を転載したもの)に差し替えている。また、鹿島氏の著作の紹介の項で使われていた盗用文も手直しされ、一部を別の文章に差し替えている。しかし、著作権を侵害した盗用は続いており、さらに剽窃というか、著作者人格権をも侵害して品のない文章に置き換えられている箇所も認められた。

boubouによるこの行為の意図は不明だが、他人の文を盗んだうえに、文末の一部と句点を彼独特の『・・・。。。』という意味不明な表現に置き換えて、「自分の文章だ!」感を演出しているようにみえる点に彼の狡猾さと悪質さがよく表れている。

(19-3)なお、Yahoo!のブログサービスは2019年12月で終了となる。このため、Yahoo!ブログの各ユーザーは、自らの手で別のブログサービスへの移転している。2019年8月末現在、boubouのブログは、過去の記事・コメントを含めFC2ブログに移転(複製)して公開されており、著作権侵害行為も続いている。FC2移転後の当該記事のURLは次のとおりである。
https://wdwwq181fc2.blog.fc2.com/blog-entry-1761.html

FC2ブログで確認した久世定による著作権侵害箇所

FC2ブログ 「島熊山一帯住宅開発小記…。」 における著作権侵害箇所
ブログをFC2に移転した後も著作権侵害は相変わらず続いている。
しかも文末の読点は無断でboubou独特の珍妙な表現「・・・。。。」に改変されている。

FC2ブログ 「島熊山一帯住宅開発小記…。」に盗用された箇所のオリジナル

(20)DMCAに基づく検索結果の削除申請【第2回目】
上に掲げたとおり、boubouのブログでは、Yahoo!から移転したFC2でも依然として約200文字に及ぶ著作権侵害と著作者人格権の侵害が続いている。
このため、2019年9月3日、DMCAに基づき当該記事を検索結果から削除するよう、Google に申請を行なった。9月11日、申請は受理され、当該URLは検索結果から削除された。
今回の削除申請は、先の(14)に記した前回に続き2度目である。申請内容と著作権を侵害したFC2ブログのboubouの当該記事のURLはLumenのサイトに掲載されている。

以上が、著作物の初出から盗用行為の発見と抗議、旧ブログの閉鎖、今回の再公開、刑事告訴、2度に渡るDMCA削除申請など現在に至るまでの経緯である。【最終更新:2019/09/12】


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