■ 揖保川が生んだ旨いもの
揖保(いぼ)川は、兵庫県の西部に位置し、姫路市の西方で瀬戸内海に注ぐ延長70kmほどの川である。さほど大きな川ではないので、この川のことを知っている人はそう多くないだろう。けれども、二つの食べものをとおして馴染み深い川である。
「揖保乃糸」のラベル わが家では庶民派の「赤帯」を愛用
ひとつは、この川の名を冠した手延そうめん「揖保乃糸」。糸のように細く、喉ごしのよいこのそうめんは、夏の暑さをしのぎ、涼を誘う食べものとして広く親しまれている。
揖保川が流れるこの地で、そうめんづくりが始まったのは江戸時代のこと。三輪そうめんの産地である大和から製造技術が伝わり、農家の冬の副業として生産がはじまった。播州平野でとれる良質の小麦、赤穂の塩、それに揖保川の水など、そうめんづくりに欠かせない原料が得やすかったことから、やがて日本でも有数の産地として発展した。今では全国で消費されるそうめんの約4割がこの揖保川流域でつくられている。
揖保川流域で生産されるそうめんの旨さの秘密は、揖保川をはじめ流域で使われる水とも深い関わりがある。揖保川の水の硬度は全国平均よりも高い。硬度が高いと、原材料の小麦に含まれるグルテンが固まりやすくて麺の締まりがよくなる。それが細いながらも程良い腰や歯ざわりをもったそうめんを生んでいる。
また、この地でつくられるそうめんは流通面でも特徴をもっている。それは、生産されたすべてのそうめんが「揖保乃糸」という統一のブランド名で市場に出されることである。これは、地元の手延そうめん協同組合が材料などを一括して調達し、協同組合の管理のもとに農家などに生産を委託しているからである。
つくられたそうめんは組合に納品され、品質検査を受けて等級が決められる。そうめんを糸のように細くするには、よい原料と熟練技術を必要することから、超極細の最高級品は揖保乃糸のなかでも「三神乃糸」と呼ばれている。以下、そうめんの太さを基準にして、黒帯・赤帯など数種類に分けられている。
■淡口醤油に適した水
もうひとつは、関西の料理に欠かせない淡口(うすくち)醤油で、こちらは下流の龍野(たつの)が発祥の地である。醤油は、大豆・小麦・塩・水を原料につくられており、水を得やすい揖保川に面して醤油工場の大きな建物が並んでいる。
揖保川の河畔に建つ醤油工場
淡口醤油がこの地に生まれた背景には、消費地の関西に近く、揖保川の水やこの地域の伏流水が鉄分の含有量が少ない軟水で、色をつけたくない淡口醤油の生産に適していたからである。
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