ニュータウン完成を記念したモニュメント
千里ニュータウン(千里NT)は、千里丘陵を開発して建設された日本で初めてのニュータウンである。
事業主体は大阪府企業局で、1960(昭和35)年に開発計画のマスタープランが策定され、翌1961年に起工式が行われた。
開発とNT建設は約10年をかけて進められ、1970(昭和45)年には、マスタープランで計画された事業はほぼ完了した。竹やぶや果樹園だった丘陵地に人口約10万人の新しいまちが完成した。
1970年、事業主体であった大阪府とその外郭団体の財団法人千里開発センターは、「千里丘陵住宅地区開発事業」の完了、すなわち千里NTの完成を記念してNTの要所にモニュメント(記念彫刻)を設置した。
モニュメントは全部で6点あり、パブリックアート5点と公共緑地の景観整備1箇所である。
『千里モニュメント作品目録』(大阪府・千里開発センター刊、1970)によると概要は次のとおりである。
- 千里中央 飯田善国 作「ステンレスの林」(寄贈:大阪瓦斯) ◀このページ
- 千里南公園 辻 晋堂 作「日と風と雨に」(寄贈:関西電力)
- 千里中央公園 流 政之作「あほんだら獅子」(寄贈・大和銀行)
- 北千里駅前 植木 茂 作「集」(寄贈:松下電器産業)
- 千里北公園 新宮 晋 作「風の道」(設置:千里開発センター)
- 新御堂筋沿道 荒木芳邦 作 景観設計(設置:大阪府)
これらのうちパブリックアート4点は、大阪瓦斯、関西電力、大和銀行、松下電機産業といった在阪の大企業4社がスポンサーとなって制作・設置費用を負担し、大阪府に寄贈された。
ここではパブリックアート5点について、1970年と1980年代に父が撮影した写真を使って紹介する。
飯田善国 ステンレスの林

千里中央センタービルの広場に設置されたステンレスの林【1982年 撮影】
左奥にはスポンサーである大阪ガスの空調施設が建っている
6つのモニュメントのなかで、最初に取り上げるのは千里中央に設置された「ステンレスの林」である。作品は、3本の樹木を彷彿とさせるデザインで、高さ約15m、幅約12mとかなり大きい。
作者は飯田善国【1923~2006】。ステンレスやベアリングを用いた動きのある作品が特徴で、パブリック・アートとして各地の公共施設などに設置されている。
残念ながらこの作品は、もう千里NTの中には存在していない。
そればかりか、おそらくこの世のどこにも存在していない可能性がきわめて高い。大きな作品なのに所在が確認できないというのも不思議な話である。詳細については、このページの後半に整理している。
3本の柱の上部には、鋼鉄のフレームに鏡面みがきのステンレスを張った四角い板がたくさん連なっている。板の何枚かは風を受けて、天地方向の回転軸を中心にゆっくりと回る仕組みである。
鏡面の板は、静止したり回転したりしながら周りの景色を写しだしている。作者によると、それを眺めるものには時間の意識が生じるという。
視るもの内部を流れる時間、鏡面の運動自体が示す時間、鏡面に写る風景が示す時間、鏡面に映らない風景が所有している時間など、さまざまな時間が混在することによって「時間の多元性重層性」の意識がうまれる。
すべてのものが物質の運動、つまり時間に支配されているという意識は、生の根源となる意識であり、これこそが運動する鏡面の物体が呈示する哲学的意味である。ということで、作品に込められた作者の意図は、やや難解でもある。
鏡面の板の回転運動をともなう大きな作品であるので、このモニュメントは千里中央の千里中央センタービルの広場の中央部に設置された。一辺が50~60m以上ある大きな広場の真ん中に居場所を得た作品は、設置環境との空間的なバランスも良く、広場の2階のペデストリアンデッキのどの位置からもよく見えた。作者の意図と設置環境が見事に調和したパブリックアートのお手本のような作品に仕上がった。

設置された直後のステンレスの林
資料:大阪府・千里開発センター『千里モニュメント作品目録』1970
後年の写真と比べると柱は細く、
設置されてまもないころ、台風にともなう強風の影響で作品の一部が損傷した。作者によると、強度計算に不備があったとのことである。修理に要する費用を作者が負担して改修された。府の作品目録に掲載された設置直後の写真(上)に比べて、後年に撮った写真(下)では3本の柱がかなり太くなっている。鏡面板が柱の上部に接続する部分は、強度を確保するための改修によって構造や形式も変わり、作品から受ける印象も少し変わってしまった。

破損箇所が改修されたステンレスの林【1984年 撮影】
「ステンレスの林」の解体と撤去
青空を背景にした「ステンレスの林」は、NTのシンボル景観として、時間や歳月の経過とともにNTの風景をずっと映していくようにも思われた。

鏡面に写る風景・鏡面に写らない風景 【1984年 撮影】
ところが、そうはいかなかった。
関空をめぐるバブルの崩壊とともに、りんくうタウンの開発事業に失敗した大阪府は、大きな借金を背負うことになった。危機的な経営状況に陥った企業局に対しては、行財政改革の方針に基づいて大幅な経営改革が断行された。
企業局のひとつのセクションとして千里NTを管理していた千里開発センター(1973年に千里センターに改称)も、組織が縮小・再編されることになった。千里センターの収益は黒字ではあったが、りんくうタウン失敗のとばっちりを受けた形となった。
府の行財政改革にともない、千里センターの拠点でもあった中央センタービルは解体され、敷地は民間企業に売却された。中央センタービルは1970(昭和45)年に建設されたものなので古くなってはいたが、建物自体はまだ設計寿命の半ばであった。ビルの跡地には、50階建ての超高層マンション「ザ・千里タワー」が建てられることになった。
りんくうタウン整備事業の失敗を発端に、行財政改革という府の方針転換によって、公共企業体はなくなり、公共空間やパブリックアートも消え失せてしまった。
その結果、「ステンレスの林」の作者が意図していた時間の流れも途絶えてしまうことになった。
2006年10月、千里中央再整備事業が着工された。工事開始とともに「ステンレスの林」は解体・撤去された。
「ステンレスの林」は今いずこに
朝日新聞の記事(2007/11/08)によると、「2006年に撤去された作品は、豊中市と伊丹市が共同で運用するゴミ処理施設(豊中市伊丹市クリーンランド)の倉庫に保管されたままとなっている。関係者が移設先を探したそうだが、作品が大きくて、設置費用も高額となるため引き受け手がなかったという。結局のところ、ゴミ処理施設が将来リニューアルする際に作品を再活用するという条件で、作品の所有権もゴミ処理施設に移された」と記事には書かれている。

撤去された作品が保管されているはずのゴミ処理施設【2023年 撮影】
撤去から15年以上が経過したが、作品が再利用されたという話は聞かない。2016年ごろにリニュアルされたクリーンランドの敷地には、広大な駐車場や大きな広場がある。しかし、モニュメントは置かれていない。施設の立地場所や性格上、千里中央のように市民生活に密接な場所とは言えないが、市民のゴミ持ち込みは簡単には予約が取れないほど混み合っている。
ところで、保管場所がゴミ処理施設というのも珍妙な話である。もし再活用する機会がなければ、ステンレスの資材価格を睨みながら、高騰したときにいつでも廃棄処分して換金できるという知恵者の算段であろうか?
解体・撤去の話が持ち上がってから間もなく20年を迎える。撤去以降の一連の動きが公式な記録として公表されることはないだろう。残念ながら真相は千里の藪の中に隠れてしまった。
以下には推測をかなり含んでいるが、当たらずとも遠からずだと思っている。
処理施設側は作品を所有していたものの、自ら望んで保管を引き受けたのではないと思う。おそらく、保管場所に困った大阪府から豊中市を通じて打診があり、なかば押し付けられる形で保管を引き受けたのだろう。府と市の力関係からすれば、ありえない話ではない。
譲渡されたときに、作品を処分する裁量も付帯していたとする。ただの金属屑ではないので、廃棄処分するタイミングは難しい。人々の脳裏からこの作品のことが消える頃合いを見計らって処分すれば、スムーズにことが運ぶだろう。あるいは、一定期間が経過すれば廃棄することが暗黙の了解事項であったのかもしれない。
廃棄した理由を問われたときは、例えば、保管スペースが手狭になったとか、修復したり設置したりする予算がなかったとでも答えておけばよい。
いずれにせよ作品が再利用されなかったのは事実である。
寄贈されたパブリックアートであり、不具合を作者が自費で修繕しているのに、ずいぶんぞんざいな扱いである。おそらく作品へのリスペクトもなく、再利用には最初から乗り気でなかったのかもしれない。
報道によると、南港にある大阪府の施設の駐車場にもブルーシートで包まれたパブリックアートの作品がたくさん保管されているという。芸術や文化にあまり関心を示さない行政の長が率いる組織にはよくありがちな話である。
奇しくも作品が撤去された同じ年に作者も逝去されている。作品の再利用について、作者としての意見を具申したり表明したりする機会はなかったものとみてよい。鏡面が曇って景色が映らない状態で、無為な時間ばかりが過ぎ去っていくことを草葉の陰で嘆いておられたにちがいない。
かつて「ステンレスの林」が置かれていたパブリックスペースは失われてしまった。広々としていた千里中央の空は、これみよがしに聳え立つタワーマンションによって分断されてしまった。
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